2012年11月27日火曜日

「一人やったら死んでたと思います…」宇佐美貴史(サッカー)


「マジで終わったって思いましたから…」

ドイツに渡ったばかりの「宇佐美貴史(うさみ・たかし)」は、そのデビュー戦で痛恨のミスを犯した。

後半24分、宇佐美は初めてブンデスリーガのピッチに立った(2011年8月13日、ヴォルフスブルク戦)。ところが、拮抗する試合のロスタイム、得意のドリブルに入った宇佐美はあえなく相手にボールを奪われ、それがあわやカウンターの失点につながってしまうところだったのだ。



色をなした監督は、即座に宇佐美を交代。

「後半に入った選手が交代させられることの意味の深刻さを分かっていました…」と宇佐美。しかも、ロスタイムでの交代である…。

この時のミスが昨シーズン中ずっと響き、宇佐美は名門バイエルンに入団したものの、最終的にはたったの5試合にしか出場させてもらえなかった。まさに痛恨のミス…。



「落ち込むとかじゃなくて、終わったんです…」

この試合の後、家に帰ってからも宇佐美の身体からは汗が止まらなかった。「首筋を、胸元を、脇の下を、暑くもないのにひたすら『嫌な汗』が流れ落ちる」。

「一人やったら、死んでたと思います…」



幸いにも、宇佐美の隣りには妻の欄さんがいた。

初めて彼女を見たのは、宇佐美13歳、多感な中学生の頃。「一つ上の学年にエグい(ものすごく可愛い)のがおる」。それが蘭さんだった。一目惚れである。

2人が籍を入れるのは、宇佐美がドイツの名門バイエルンに移籍を決めるのと同時だった。そして、一緒にドイツへ渡ってきた。



試合後も嫌な汗の止まらなかった宇佐美に対して、妻の蘭さんはそれほど深刻には受け止めていなかった。

「これから長いサッカー人生の、たった一試合やん」

蘭さんは宇佐美のドリブルを知っていた。それがチームの攻撃に違いをつくれることも…。



結局、宇佐美は名門バイエルンを去り、今シーズンからはドイツの小さな町のクラブ「ホッフェンハイム」に移籍することとなった。

このチームに来た宇佐美からは「バイエルンだから仕方ない」という消極的な気持ちがすっかり消えた。バイエルンのベンチスタートには耐えられても、ホッフェンハイムのそれは「許せない」。

「ここで出られないとあかんやろという危機感、オレが出てこのチームを引っ張っていくというくらいの意志もないとあかんと思ってます」と宇佐美。



9月26日のシュツットガルト戦では「スーパーゴール」が飛び出した。ドリブルで抜いてシュートまでもっていける宇佐美は、否が応にもドイツの注目を集めることとなる。

「2、3人抜いてペナルティエリアまでドリブルだけで入っていく選手は、他を見てもほとんどいないですから」

だが、いつもいつもシュートが決まるわけではない。

「あんなスーパーゴールがあと6個あってもおかしくないんですけど…」と宇佐美。「メンタルの部分でもうあと一皮むけないとダメですね。ゴール前、さあ決めるぞってとこで、あと1つ2つアイディアを出せる力です」



昨シーズンは名門バイエルンで芽が出なかった宇佐美であったが、今シーズンは心機一転、何かを取り戻したようである。そんな彼の言葉からは自信があふれ出てくる。

「かなり手応えはあるんです。これで100%できるようになったら、オレはもうバケモノです。ビッグクラブからも、多少の目は向くと思いますよ」

もはや、死まで覚悟した男の姿はここにはない。



「蘭がドイツで楽しく過ごすためにも、オレがもっとがんばらないと」

宇佐美が息を吹き返したのは、彼女が傍らにいたからでもあった。



「彼女に見せたい」という想いは、宇佐美の進化を加速させているのだろう。

そして、それは中学時代、エグい(可愛い)彼女に見せたかった頃の想いと同じものなのかもしれない…。

宇佐美貴史はまだ20歳…。





ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 12/6号
「オレの居場所は欧州にしかない 宇佐美貴史」

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