2012年10月4日木曜日

世界の王の打撃哲学。王貞治(野球)



世界の「王貞治」は、その打撃哲学を語り出した。

「バッティングは何だと訊かれたら、これはもう『つかみどころのないもの』だと言うしかないよ。ウナギじゃないけど、つかんだかなと思うと、フッといなくなる」





◎120%の準備


それをつかむには、「とことんまで練習してみるしかない」と彼は続ける。

「ミスター(長嶋茂雄)は『オレほどバットを振った選手はいない』って言うけど、みんな自分が一番練習したと思ってる(笑)。良い結果を出してきた人は、やっぱり練習をやってたよ」

その練習では「自分の身体の『許容範囲』を広げること」に主点を置いていたという王貞治。

「練習の時にはライトポールよりも右に打ち込むぐらい、身体を捻らないと。練習でそれだけ捻っておかなかったら、本番で身体を捻れるはずがない」



「120」という数字がその口から出る。

「120の力感でスイングするという練習をしておくべきなんだよ。試合では120も使えるわけがないんだけど、身体は120のことができるように『準備』しておく。今の選手は現実主義だから、ムダなことはしないよね。だけど、ムダなことは必要だと思う」

今の選手がムダと考えることを、王貞治はそう考えなかった。

「僕の素振りは常に120%。汗がダクダク出るぐらいまで、身体の限界まで振る。骨が軋むまで振るんだ」



◎ホームランを打てる段階


そこまでやっておいて初めて、「特別なことをしなくてもホームランを打てる段階」まで自分を持っていけるのだという。

「つまり、ホームランというのは準備したことがキチンとできているだけの話。ホームランを打てる準備をしておくから、ホームランを打てるんであって…」



彼にはホームランを打つまでの自分なりのルーティンがあったという。家での段階、グラウンドに来てからの段階、試合前に鏡の前で集中力を高める段階、それから試合の段階…。

「自分のバッティングの中にちゃんと『打てばスタンドに入る』というだけのものがあるから、ホームランになる。スタンドに入ったからといって『フフフッ』って笑っているようじゃダメなんだ」

つまり、彼はホームランを事前につくっておいてから、それを試合で再現していただけだと言うのである。



◎いただき


王貞治がホームランを打つ時、「これはいただき」という感覚があったそうだ。そして、その感覚は「ピッチャーが投げて打つ前」にやって来たのだという。

「ピッチャーが投げたと思ったら、0.5秒もかからないうちにキャッチャーミットに入っちゃう世界だから、ハッキリくっきりボールを見ているわけじゃない。バッターは『感覚の世界』に生きているんだ」



その感覚というのが「いただき」という感覚であり、それを「いただいただけ」のものがホームランなのだと彼は言う。

「だから、ホームランを打ったからといって特別に喜ぶこともないんだよ(笑)」。



◎感覚のズレ


ところが、年を重ねてくると「『いただき』と思ったものが、思った通りにいただける時と、いただけない時がでてくる」。

彼が引退した時、「王貞治のバッティングができなくなった」と言ったが、それは「いただけるはずのものが、いただけなくなってきたから」なのだという。



今までは「速い」と思った球でも「いただき」と思えば打てた。ところが、調子が悪いと、他の選手が速いと思わない球を、自分だけが「速い」と感じてしまう。

「チームの若い連中に『おい、今日のアイツの球はキレてるか?』と訊いてみると、みんな『いや、普通ですよ』と言う。そういう時、自分の『感覚のズレ』を感じるんだ」

この「ズレ」が重なってきて、「もう限界かな」とか「もういいや」と、辞めることに向かってスタートしていったのだという。



◎間接


バッターボックスに立っていた頃は「すべてが直接だった」という王貞治。

「でもユニフォームを脱いじゃうと、それが『間接』になってしまう。バッターボックスの外から見ていると、球はそんなに速く感じないし、変化球もよく見える。バッターボックスに立たなくなると、バッティングって易しくなっちゃうんだ」





それでも彼は「直接」プレーしている選手の気持ちを慮(おもんぱか)ろうとする。

「松井君(松井秀喜・38歳)は、今もまだあの打席でバットを振って、ボールをひっぱたきたいと思っている。『打ちたい』という気持ちと『打てる』という自信がなかったら、新しいユニフォームを着るというところにはなかなか踏み切れない。でも、アウトコースに広いアメリカの球をホームランにしなきゃならないというのは難しいだろうね」

「イチロー君(鈴木一郎・39歳)は、以前よりもピッチャーのボールの速さを感じるようになってきたんじゃないかな。今シーズンの開幕戦、彼は打席から左足が出るんじゃないかと思うほど後ろに立って構えていたよね。彼が立ち位置を変えているのは、感覚の世界で感じるままに動いているということ。それを思いやるしかない」



不世出のバッター・王貞治は、日本が誇る2大強打者への期待は熱い。

「きっと2人の前には、まだまだ高い山が見えているんだろう。辞めるなんてことを考えていたら、新しいチームのユニフォームを着ようとは思わないからね。イチロー君と松井君は昔も今も、超一流の技術屋なんだよ」

われわれの期待も、また熱い…。





出典:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 10/11号
「王貞治 最強打者たちへ」

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