2015年4月17日金曜日

「ぼくは両親の影響をすごく受けてますね」萩野公介 [水泳]



子どもの頃から”怪物”と呼ばれてきた

萩野公介(はぎの・こうすけ)

高校生で出場したロンドン五輪では、水泳400m個人メドレーで「銅メダル」を獲得した。日本人男子初の快挙であった。






萩野は言う。

「いま思うと、僕は両親の影響をすごく受けていますね。物事の真理を追求したがる癖は父親似、口が達者なのは母親譲り」

父・洋一は耐震設計を得意とする一級建築士。母・貴子は絵本の読み聞かせなどボランティア活動に精を出す。



父の洋一さんは、苦笑しながらこう言う。

「言葉をしゃべるのは遅かったけど、自分の意思にそぐわないとテコでも動かない頑固者でした。だから、自宅からちょっと遠かったけど、自由教育の幼稚園に通わせたんです」

一人息子の公介は子どもの頃から、枠にはめられるのが大嫌いだったという。



小学校にあがると、さっそく水泳の学童新記録をつくった。

母の貴子さんは、毎日2時間半かけて自宅からプールまでの送り迎え、そして食事の栄養管理にいそしんだ。父・洋一さんは水着の洗濯を一手に引き受けた。

萩野公介は言う。

「大学に入学し、親元を離れて初めてわかったことですが、僕の両親は間違いなく人として尊敬できる。茶の間で交わした一言一言が今になって、僕の生き方のベースになっていると気づかされる。家を出て2年目くらいになって、よくわかるんです」



”人生は水泳だけじゃない”

両親は我が子にそう言い続けたという。

”なんのために泳ぐのか?”

萩野公介は水の中で考えつづけた。






オリンピックのメダリストになってからも、萩野は”日本人初”の偉業を連発している。

2013年の日本選手権では前人未到の5冠を達成。2014年のパンパシフィック選手権とアジア大会では、あわせて金6、銀3、銅2、計11個のメダルを獲得。アメリカの水泳専門誌『スミングワールド』では、”2014年のMVP(最優秀選手)”に選出された(日本人初)。






萩野は言う。

「”日本人初”と評価していただくんですけど…。サルとか鳥には国籍はないじゃないですか。でも、どうして人間には国籍が必要なんだろう?」

言葉を探しながら続ける。

「もちろん、多種多様な人間が便利に暮らしていく上では、国籍は必要な標(しるべ)なのかもしれないけど、僕らは競技するうえで国籍を意識することはないし、どこの国の人に勝ちたいということではなくて、”隣のレーンの人には負けない”とか、”組で一番になる”という考えで戦っている。それなのに”日本記録”というような冠をつけられることが多い。それって、『どういう意味があるんだろう?』と考えてしまうんです」



「語弊がある言い方かもしれませんが、僕は記録をあまり重視していません。もちろん記録を求める競技なので、0.1秒を縮めるために吐くような努力をしています。ですが、”新記録を樹立した”、”名誉を与えられた”、”金銭的にどうだ”というようなことは、僕にとってはどうでもいいことなんです」

父親ゆずりの”真理の追求”は止まらない。

「もし僕が死んで生まれ変わっても、記録なんかは自分自身で覚えていないし、そもそも地球規模のなかでの活躍でしかない。有史以来の長い歴史の中では”ほんの一瞬の出来事”でしかないわけで、そもそも地球自体が全宇宙から見れば”ちっぽけなもの”だし。俯瞰してみると、水泳している自分はどういう存在なのか…? とゴチャゴチャ考えるんですけど…」



われわれは何者なのか?

われわれは何処から来たのか?

われわれは何処へ行くのか?

古(いにしえ)の賢人たちの問いが、萩野公介、20歳の脳中を駆け巡る。







「その先にいつもたどり着かずに、”考えるのを止めよう”となってしまうんです」

いったん考えることを止めると、哲学者だった表情が、アスリートの爽やかな笑顔に一変する。

「でもね、皆さんに”いい記録だ”とか”日本一”などと評価していただいたり、応援してもらうのは心の底から嬉しいんです。もっと良い記録を出して、さらに喜んでもらいたいと思いますし、苦しい練習を乗り切るモチベーションにもなる。お世話になっている方々の笑顔は僕をワクワクさせてくれます」

母親ゆずりか、普段の彼はよく笑い、よくしゃべる。

「ただ、ふと我に返ると、国際大会や日本選手権でトップになっても、まったく納得していない自分がいるんです。もちろん、オリンピックではまだ金を獲っていないので大きなことは言えませんが、記録やメダルの色で僕の達成感は生まれないような気がします。『僕が存在する理由は何なのか?』、答えばまだ見つかっていません」

だんだんと哲学者の顔になってくる。

「20歳の水泳選手に言えることは、『1分1秒を懸命に生き、その時々で自分が一番納得できる結果を出す』ってことかな。それを積み重ねた先に”何か”があるような気がするんです」













(了)






ソース:Number(ナンバー)870号 二十歳のころ。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
萩野公介「青年は水の中で考える」



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