2013年3月21日木曜日

「根拠なき自信」のススメ



「自信には2つあります」

メンタルトレーナーの「久瑠あさ美(くる・あさみ)」さんは、そう切り出した。

「一つは『根拠のある自信』、もう一つは『根拠のない自信』です」






「根拠」とは、これまでの自分が積み上げてきた実績。

プロ野球選手であれば、「打率3割です」とか「ホームラン30本打ちました」といったことである。



「しかし、私が大事にしているのは『根拠のない自信』なのです」と、久瑠さんは言葉を続ける。

根拠のない自信とは何か?

「根拠のない自信というのは、『今この瞬間』生み出されているものです」と、久瑠さん。



根拠というのは「過去」にしか根差さない。

たとえ過去に99回成功していたとしても、次の一回が「必ず成功するとは限らない」。

「これは、どんなに根拠を塗り固めた人でも皆同じで、成功と失敗の確率というのは、次の瞬間においては、常に50:50(フィフティ・フィフティ)なんですね」と、久瑠さんは言う。



アスリートがスランプに陥るのは、決まってそんなときだ。

「過去99回成功してきたのに、なぜこの一回を失敗したのか?」

その事態に戸惑ってしまい、その次の一回にも恐怖心が出てしまう。野球では突然ヒットが打てなくなったり、ゴルフではパットが入らなくなったり…。



「根拠のある自信は、たとえ99回上手くいったとしても、たった一回の失敗で無残にも崩れ去ってしまうのです」

久瑠さんがそう言う通り、「根拠」というものが「過去」にしか持ち得ないものである限り、それが揺らげば「無残にも崩れ去ってしまう」。「根拠」に寄りかかっていただけに、その背もたれが急になくなった時にはパタリである。



では逆に、根拠を「未来」に持つことはできるのか?

「根拠を未来にもつ」、この言葉の表現自体すでに矛盾している。

未来の根拠は、未だ実現していないものである。ということはすなわち、「根拠はない」ということにならざるを得ない。要するに、久瑠さんのいう「根拠のない自信」に他ならない。



たとえば長嶋茂雄。

彼は現役時代、「ボールが飛んでくると、人の守備位置まで入っていってキャッチしてしまう」という有名な話があった。

長嶋茂雄はきっと、来たボールを「どうやって捕ってやろうか」とワクワクしていたのだ。飛んできたボールは「全部自分のもの」だったのだ。



「どんなボールが飛んでくるのかは未来のことですから、誰にも分かりません。それでも長嶋さんは、自分がファインプレーを狙っていくんだという意識を持っていたんですね」と、久瑠さんは言う。

捕れるかどうかは本当は分からないはずだ。にも関わらず、長嶋茂雄はどんなボールでも「捕れる」と確信していたのかもしれない。「根拠のない自信」によって。なにせ、「未来の自分」はいつもファインプレーを決めているのである。



たとえミスをしても構わない。それをリカバリーする時にまた魅せるチャンスがあるのだから。

「その時にどんなリカバリーをするか、そこに熱くなれる人が、最後に上がってくるんですよ」と久瑠さん。






久瑠さんに言わせれば、未来を考えることが「イメージ」、過去を思うことが「妄想」となる。

「人間の能力の限界は、イマジネーションの限界」と久瑠さんは言う。「イマジネーションが無理だと思えば、無理なんです」。



「トップアスリートを見ていてよく分かるのは、『いい状態にある選手は、未来しか見ていない』ということです」と、久瑠さんは言う。

そんな彼らは、すでに表彰台の上にいるのだ。まだ競技が始まってもいないうちから。



ところが、過去に生きている人は言わずもがな、現在に生きていると思っている人でさえ「ほぼ過去に生きている」。

「というのは、今こうしている瞬間、一秒たてば過去になるんです」。そう久瑠さんが言う通り、時間は容赦もなく流れていくのである。

逆に、「一時間先の未来は、一時間たったら『今』になるんです」と久瑠さんは言う。



「根拠のある自信」とは、現在から過去を眺めた視点である。

一方、「根拠のない自信」は未来の方向を向いている。



車を運転する時は、必ず前、すなわち少し先の未来を見ながら進んでいるはずである。

まさか「バックミラー」だけを見て運転している人はいるまい。危なっかしくてしょうがない。根拠とはいわば、そのバックミラー。過去を眺めているようなものである。

車ならば余程に危ういその視点、なぜか「考え方という世界」では、そうしてしまっている人が多いのは面白いことである。



最後に久瑠さんは「自分を変える必要はない」と言う。

その自分とは、きっと「過去の自分」。そうした自分は、じつは変えようにも変えることができない。自分自身が過去に戻れないのだから。それよりも、未来に新しい自分をイメージして、作ってしまったほうが手っ取り早い。



「イマジネーションとは、『自分はこうありたい』とクリエイトすることです」と久瑠さんは言う。

根拠に自信をもっている限りは、過去の自分に囚われてしまうばかり。「それは過去の記憶を組み換えているだけで、生産性がありません」と久瑠さんは断言する。



なるほど、自分は「変える」ものではないのかもしれない。

きっと、「変わる」のだ…!

この一秒後にでも。








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ソース:致知2013年4月号
「マインドの法則 久瑠あさ美」

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