2016年8月30日火曜日

王道と新風、2つの金メダル [柔道、大野将平・ベイカー茉秋]



ロンドン五輪(2012)

日本柔道の男子は、まさかの「金なし」

「惨敗」「不振」と、強い批判をあびた。



”ロンドン五輪を思い出す。

初日、平岡拓晃が銀メダルを獲得した。

すると「金メダルではなかったこと」に失望し、当時の首脳陣は表彰式をみることもなく、選手を置いて会場を後にした(『Number誌』)









あれから4年、

日本柔道界、悲願の「金」。



ブラジル、リオ五輪でその重責を誰よりも強く背負ったのは、

大野将平
おおの・しょうへい

だった。



”その実力がこの階級(男子73kg級)で抜きん出ているのは、誰の目にも明らかだった。柔道関係者やメディアからは、

「優勝候補筆頭」

と期待が集まった。



大野もそれを意識していた。

「皆さまや周囲からは、『勝って当たり前』といった声も聞こえていました」


周囲の視線だけではない。日本代表男子監督の井上康生にも、期待を寄せられていた。日本代表が決まったあと、井上は言い続けてきた。

「大野はオリンピックで金メダルに最も近い一人です」

井上監督は意図を説明する。

「あえて言い続けてきた部分がありました。彼はそれをエネルギーにして、最高のパフォーマンスをしてくれると想定していたところがありました」

大野が金メダルを獲ることは、半ば「宿命」づけられていた(『Number誌』)






さあ、金メダルを宿命づけられた大野将平。



”そのために大野が掲げたテーマは

「圧倒的な差をつけること」

金メダルを必ず手にするには、「心技体すべての面で世界中のどの選手よりも上回らなければならない」と心に決め、練習に励み、時間を送ってきた(『Number誌』)。”






2016年8月

ブラジル、リオデジャネイロ五輪

いよいよ大野将平が登場した。



初戦となった2回戦

畳にあがると、大野は深々と長い一礼をし、はじめてのオリンピックの舞台に敬意を表した。

相手はミゲル・ムリーリョ(コスタリカ)。試合中盤、大野は足払いでムリーリョを倒すと寝技へ。横四方固めで、そのまま一本。



つづく3回戦

ビクトル・スクボルトフ(アラブ首長国連邦)を、内股で美しく投げ飛ばした。華麗なる一本。まさに「美しき柔道」。



準々決勝

対するはロンドン五輪金メダリスト、ラシャ・シャフダトゥアシビリ(ジョージア)。

大野は腰車で技ありを奪うと、そのまま優勢勝ち。






準決勝

ディルク・ファンティシェル(ベルギー)

大野は巴投げで技あり、そしてまたも巴投げで胸のすくような一本勝ちを決めた。



”しっかり組んで、きれいな投げ技を披露する大野は、場内の各国の観客をひきつけ、登場するたびに歓声をあびた(『Number誌』)



決勝戦

ルスタム・オルジョフ(アゼルバイジャン)

まずは内股で技あり、そして小内巻き込みで一本。

大野は全試合まったく危なげなく、そして美しく、金メダルへとたどり着いた。







「これぞ日本の柔道」

そう叫びたくなるほどに、立ち技を中心に、73kg級の大野将平は「圧倒的な強さ」を見せつけた。

圧倒的な勝者は、しかし、決勝戦が終わった直後も、表彰式でも、ニコリともすることがなかった。表情を一切変えずにいた(『Number誌』)



”大野将平選手は、決勝での見事な一本勝ちにもかかわらず、相手との礼を終え、畳を降りるまで表情を緩ませなかった。

清く正しく美しく。

敗れた相手をも慮る、という「礼」の精神だ(『Number誌』)



礼をつくした大野は言う。

「相手を敬おうと思っていました。冷静に、きれいな礼もできたのではないかと思います。(オリンピックは)日本の心を見せられる場でもあるので、よく気持ちを抑えられたと思います」



抑えた気持ちは、井上監督からこう声をかけられたときに堰をきった。

「よくプレッシャーに耐えてくれた」

大野の両頬にあふれた涙は、とどまるところを知らなかった。



大野は言う。

「達成感より、安心感の方が強いです。当たり前のことを当たり前にやる難しさを感じました」



”大野にとって、必ず手にしなければいけない金メダルであった。

宿命づけられた、いわば「金メダルを守らなければならない」重圧から解放された瞬間であった(『Number誌』)









大野将平、金メダルの翌々日

大野とはまったく対照的な男が、もう一つの金メダルを日本柔道にもたらした。

ベイカー茉秋
べいかー・ましゅー


”対照的な二人が、日本柔道界の悲願をかなえた。

一本勝ちで勝負をきめ、静かな礼で締めた大野。

人差し指を天にかかげ、喜びを爆発させたベイカー。

90kg級で日本男子2個目の金メダルをもたらした若き柔道家は、あらゆる面で異彩をはなった (『Number誌』)







”決勝のリパルテリアニア戦では2分17秒、ベイカーは大内刈りで有効をうばう。

ここから意外な展開をみせる。

ベイカーは攻めに出ることなく、逃げ切りを図ったのだ。最後まで攻めに行くのをよしとするのが日本の柔道である。その点でも異質であった。その消極的な姿勢によりベイカーは2度、指導をうけたが、目論見どおり試合は終了。

金メダルが決まった瞬間、両手の人差し指を天に高々と突き出し、喜びを露わにした。



「金と銀では全然ちがいますから」

逃げ切りを図った理由を、ニコリと説明する。



決勝後の人差し指を突き上げるポーズを尋ねられれば、逆に聞き返した。

「かっこ良かったですか?」

そのあけっぴろげな明るさもまた、異彩をはなっていた (『Number誌』)







”世界のJUDO選手たちは、勝った瞬間に感情を炸裂させる。主審の制止もよそに、リードを食いちぎった雄犬のように場外に駆け出し、吠え散らす。

いや、他の種目では皆やることだ。レスリングなら日本人も遠慮なくリングを駆け回る。むしろそんな喜びの爆発こそが、ここまでの苦しみの証明のようでもあり、観る者の心も揺さぶる。

ただ、柔道が唯一ほかと違うのは、勝利にまつわる美意識に、日本と外国とでは大きな隔たりがあることだ。

男子100kg超級の決勝で2連覇をはたしたフランスのリネール選手は、原沢久喜選手との組み合いをひたすら避けて指導一つ差で逃げ切ったが、勝負を終えるや両手を上げての大喜び。消極的な結末に会場でもブーインが起こったが、ルールの範囲で勝ったのに、はてここまで「卑怯」と評されるスポーツも他にないのではと私はぼんやり思った(『Number誌』)






井上監督はベイカー茉秋を「新種の選手」と評し、その力を抜擢した。

”大野は伝統を守るために戦い、金メダルをつかんだ。

ベイカーは今回の代表7名のうちで最年少。失うものは少く、臆することなく金メダルをつかんだ。

両者の築きあげてきた柔道スタイルは、正統派のド真ん中と異端。

抑制された感情と、どこまでも突き抜けた明るさ。

あらゆる面で真逆の二人であった(『Number誌』)



井上監督は「金メダルでなかれば意味がない」とは言わなかった。

むしろ、銅メダルにとどまった海老沼匡選手にも

「胸を張れ」

と、その労をねぎらった。



”髙藤直寿は言った。

「純粋に胸をはり、銅メダルをかけて帰ろうと受け止めています」

偽りの言葉でないことは、表彰式の笑顔が物語っていた。金メダルでなければ頭を垂れるのが常であったこれまでの選手たちの姿とは、明らかに異なっていた。

その結果が、52年ぶりの全階級メダル獲得であった(『Number誌』)






(了)








出典:
Number9/9特別増刊号 五輪総力特集「熱狂のリオ」
大野将平・ベイカー茉秋「正統と異端」



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