2014年6月19日木曜日
落ちかけた果実、ふたたび咲きはじめた花 [オランダ]
2010南アフリカW杯
サッカーオランダ代表は準優勝を飾った。
しかしそのわずか2年後、代表チームは空中分解してしまっていた。
2012のユーロ(ヨーロッパ選手権)
グループ同組のデンマーク、ドイツ、ポルトガルに3連敗。優勝候補が一転、グループリーグ敗退に終わる。この大失態、W杯準優勝チームとは思えない悲惨な結果に、選手もサポーターも顔をおおった。
——問題を起こした選手を挙げれば切りがない。だが、敗因は明らかに「人間関係の歪み」にあった(Number誌)。
南アフリカW杯では燦然と輝いたオレンジ(オランダ代表カラー)だったが
ユーロ2012では「腐りかけたオレンジ」になっていた。
その後、誰も拾おうとしなかった「腐りかけのオレンジ」
それを迷わず拾い上げたのが、ファンハール監督だった。
新たに代表監督となったファンハール
まずは代表宿舎の改造から着手した。
——以前は3つの階に分かれていた選手の部屋を、1つのフロアに集めた。さらに、中央にはTVと卓球台を備えたリラックスルームを設け、インターネットの通信速度も改善した(Number誌)。
ファンハール監督は言う、「選手たちが自動的にコミュニケーションを取れるような環境をつくりたかったんだ。あとネットが遅いと、オンラインゲームをする選手に無用なイライラを与えてしまう」
初采配となるベルギー戦(2012年8月)
ファンハール監督はあえて、ユーロ2012で惨敗したメンバーの主力をほぼ全員招集した。
「なぜ? 問題を起こした選手を切り捨てても、根本的な解決にはならないからだ」
最初の午前中のミーティング
ファンハール監督はスピーチらしいことをしなかった。その代わりに、ひたすら映像を見せた。
まずは過去のオランダ代表のスーパープレー集
「オランダの伝説の試合を見て、誇りを感じない選手はいないさ。みんなが代表に対して同じ情熱をもっていることを確認したかったんだ」
2つ目の映像はバルセロナ、そして3つ目はスペイン代表だった。のちに記すが、ファンハール監督が「オランダらしいスタイル」を確立するための叩き台に用いたのが、スペインのパスサッカーだった。
その夜
ユーロ2012で関係の歪んでしまっていた選手たちを皆んな集めた。暖炉のまわりを半円状に囲む形になっていた。
ファンハール監督が用意していたのは、またしても映像。
——TVに映し出されたのは、オランダ代表のドキュメント番組。ユーロ1996において、ダービッツの監督批判によって分裂しかけたチームが、いかに1998年W杯に臨んだかという作品だ(Number誌)。
当時の代表監督はヒディング
彼は番組のハイライトで、選手全員に誓約書をおくる。そこには「不平を言わない」「仲間を大切にする」「相手を恐れない」など12か条が記されていた。
そして同封された手紙には、こうあった。
「W杯で美しさを示すことができたチームは、数十年間にわたって語り継がれることになる。オランダ代表の1974年と1978年の世代は、それを成功させた(ともに準優勝)。魅力あるプレー、勝つためのプレー、国のためにプレーしようじゃないか」
その後、1998年代表は分裂の危機を乗り越えて、W杯フランス大会の準決勝に進出。惜しくもPK戦でブラジルに敗れたものの、オランダが世界に示した魅力的なサッカーは惜しみなく称賛された(結果4位)。
そのドキュメント番組が終わると
次にユーロ2012で惨敗する前の、スナイデルのインタビューが流れた。
——のちに3連敗するとは知らず、スナイデルは「これだけの高い質をもったメンバーがそろえば優勝を狙える」と生き生きと語っていた(Number誌)。
そこでファンハール監督はTVを消した。
そして問うた。
「なのに今、こんな結果になってしまったのはなぜだ?」
そこからだった。選手たちの激論がはじまったのは。
——オランダでは一般的に、わだかまりを消すにはグループディスカッションが良いとされている。約2時間、選手たちはそれぞれの思いをぶつけ合った。大切なのはわだかまりを消すことだった(Number誌)。
そうした討論が終わりかけたとき、ファンハール監督は、かつてのヒディングのように誓約書を取り出した。
——ひとつ異なっていたのは、紙だけでなく映像もセットになっていたことだ。「ヘッドフォンをしたままバスを降りてはいけない」といった禁止事項がパロディ風の動画で示された(Number誌)。
そうして始まったW杯予選
62歳の指揮官が植えつけたオランダの誇りは、選手たちの心に芽をふいた。
ベテランと若手が融合し、トルコやルーマニアを退け、無敗で予選を突破。最速でブラジル行きを決めた。
ところでオランダサッカー協会は、ファンハールと監督契約を結んだとき、ある条件を提示していた。
「オランダらしいスタイルで戦うこと」
先にも記したように、ファンハール監督はスペインのパスサッカーを手本とし、そこに「オランダらしさ」を加味していった。
ファンハール監督は言う、「バルセロナ(スペイン)のボール回しは完璧だが、横の幅を使いすぎる傾向がある。ボールが斜めに10mほどしか進まないんだ。私はもっとパスを少なくして、ゴールにもっとダイレクトに迫りたかった。観客にとっても、バルサにように慎重にパスをつなぐよりはるかに魅力的だろ?」
バルサのパス・スタイルに、ファンハール監督は「縦に速いサッカー」を掛け合わせた。
あえてDF(ディフェンス)ラインを自陣深くに保ち、前方に広大なスペースをつくりだす。そしてボールを奪うや否や、一気に縦方向へと攻撃を開始するのである。
「あえて前にスペースをつくることで、そのあとの攻撃のスピードを有効につかえるんだ。これを私は『Provocerende pressie(挑発的プレッシング)』と呼んでいる。これこそがバルサ・スタイルとは異なる点だ」
オランダ代表の敷く「低い守り」は諸刃の剣ではある。敵を深く攻め込ませる形になるからだ。だが、攻撃力を爆発させるという点においては、2枚看板のエース、ファンペルシとロッベンを最大限に活かせる形であった。
その成果としてW杯予選、ファンペルシは代表歴代で最多得点をマークしている。
そしてW杯ブラジル大会の初戦、本家スペイン代表との決戦でも、ファンハール監督の狙いは的中。
——縦に速く攻める戦術が図に当たり、5対1で大勝。アメフトのタッチダウンパスのような「ピンポイントのロングパス」を連続してつなぎ、世界王者を圧倒した(Number誌)。
オランダ代表の両エース、ファンペルシとロッベンは各々2得点という大活躍だった。
ファンハール監督には、とっておきの「オランダの格言」がある。
「ピッチで待っているのは『死』か『グラジオラスの花』だけだ!」
グラジオラスの花言葉は「勝利」
腐りかけていたオレンジは、ふたたび世界に「鮮やかなオレンジ色の花」を咲かせようとしている。
(了)
ソース:Number (ナンバー) コートジボワール戦速報 2014年 6/25号 [雑誌]
オランダ「4年越しのリベンジ」
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