2014年6月18日水曜日
女のパンチ [ボクシング]
「女のパンチは硬い」
ボクシングをやる人に、そんなことを言う人がいる。
「以前、ジムでトレーナーを務めていた時、女性の練習生たちのパンチは石のようでした」
彼女たちは当たった瞬間、握った拳をグリッともう一押ししていた。
「もしかして俺に恨みでもあんのか? そう思いましたよ(笑)」
「そういえば昔、女にビンタされた時にも、膝がガクッときたなぁ。妻がふざけて繰り出すパンチも、はっきり言って硬くて痛い」
——長らく女子ボクシングが禁止されていたのは、女性が本気で戦うと、本当に「とどめ」を刺してしまいそうで恐ろしかったからなのかもしれない(Number誌)。
ところで、高校に女子だけのボクシング部があるのは極めて異例だ。
日本では唯一、群馬の館林女子高校(館女)がそれである。
その部の顧問、三橋先生は言う。
「7年前、1年生の生徒が『ボクシングやってみたいんですけど…』と直訴してきたんです」
とりあえず、やりたい人は集まるようにとだけ言った。
「すると18人も集まっていましてね。異様な光景でした」
ボクシングには「実戦の部」と「演技の部」があるが、とりあえず、一人でもできるシャドーボクシング、演技の部からはじめた。これなら怪我の心配もない。
だが、一人演技だけには納得いかない女子もおり、また直訴してきた。
「シャドウボクシングって、相手がいないでしょ。相手もいないのに一人でやるのは変じゃないですか。私、実戦がやりたいんです」
こうして生徒たちは、自ら望んで「戦いのリング」に立った。
いまや館女には、全日本ランキングで上位の選手もいる。
たとえばキャプテンの油川真優さん。ランキング9位。中学時代は体操部だったというが、「引退したら太った」という理由からボクシングをはじめた。
「ボクシングは意地悪な気持ちになります」と彼女は言う。「それとセコい考えです。そうしないとパンチは当たりません」
彼女のいう「意地悪」「セコい」とはつまり、「相手のスキを突く」ということらしい。
油川さんのように、ダイエット目的でボクシングをはじめる女子も多いという。
「ボクシングで太ももが細くなって、着れなかった服が着れるようになりました」
中島礼葉さんは、そう言って微笑む。ちなみに彼女はフライ級。51kgがリミットのその階級が、ダイエットの目標としてちょうどよいらしい。
だが、ボクシングは殴り合い。ダイエットだけでは済まされない。打たれれば顔も腫れたりする。
「顔を打たれたらどうするの?」と記者は聞く。
即答、「逃げちゃいます」。
ヒット&アウェイならぬ、ひたすらランアウェイ(run away)。
皆が皆、ファイティング・スピリットにあふれているわけではない。とりわけボクシングをはじめたばかりの1年生などは動きが遅かった。そのシャドーボクシングは、まるで太極拳のようにスローモーションだ。
「私は何をやっても遅いんです」と、その遅い子は言う。
「朝だって電車にのって館林の駅に着いたころ、やっと目が覚めるくらい。なんでもゆっくりがいいんです。考えるのも遅いんです」
いろいろと考えているうちに、パンチは太極拳のようにスローになってしまうらしかった。
さて、今年の3月、全国大会がひらかれた。
館女からは2年生3人が出場した。
——館女は女子だけなのですぐわかった。油川さんが中島さんの髪を編んだり、ガールズトークを繰り広げたりして、どこかピクニックのような風情なのである(Number誌)。
記者は訊ねる、「計量はどうだった?」
「カワイイ人ばっかりでした」
彼女らは他の出場選手の顔立ちのほうが気になったらしい。
「○○ちゃんなんか、目がクリクリで日本人形みたいでした」
「計量は待ち時間が長いから、いろいろよくしゃべるんです。それで仲良しになるんですよ〜」
記者は重ねてきく、「挑発とかしないの?」
彼女らは笑って、「しませんよ〜」とあっさり否定。
そんな彼女らも、リングに上がると一変。
まるで別人のように激しい打ち合いを繰り広げていた。
中島さんも、カワイイと褒めた相手の顔をポカポカと殴っていた。相手を自分よりもカワイイと思うことで、彼女なりの闘争心に火がつくのだろうか。
——リズミカルにワンツーを連打。相手の動きに一切かまわず左ストレート。当たらなければ、もう一回。当たっても、もう一回。しまいにはジャンプして、もう一回。まるで槍を突くようで、ボクシングというより薙刀(なぎなた)を彷彿させた(Number誌)。
「これが女子ボクシングか…」
記者はしばし呆然と試合を眺めていた。
「見ていると、何やら男のボクシングは否定され、闘いの原点を思い知らされるようでした」
春4月、館女の女子ボクシング部には、新しい仲間がふえた。
新入部員は8人。驚いたことにそのうち4人は外国籍だった。館林周辺には外国人労働者も多いらしい。
フィリピン生まれの関口ベンジリンさん
「自分の身は自分で守りたいです。護身術としてボクシングを身につけて、将来はCAになりたいです」
台湾生まれの許芝嘉さん
「親に反対されて、やりたくなりました」
ブラジル国籍のブリット・イザベルさん
「兄に勝ちたい。父にも勝ちたい」
パラグアイ生まれの古賀カミラさん
「強くなりたい。勝ちたい」
気迫十分の新入生たち
彼女らは腰がすわり、シャドウボクシングにも気合いがみなぎっていた。
「女の敵は女」
在校生らの表情も、自ずと引き締まる。
体育館には、ピリピリとした緊張がはしっていた。
(了)
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 7/17号
館林女子高ボクシング部「乙女にパンチ」
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