2014年6月5日木曜日
護身の90%は頭 [システマ]
犯罪者の「獲物」とする人物は、8割がた決まっているという。
1990年代初頭、アメリカの刑務所でこんな実験が行われた。
「暴力行為で服役中の囚人に、地下鉄に出入りする人たちを映した防犯カメラの映像を30分間見せ、自分たちに『獲物』となるような人を選ばせた。すると彼らは、80%の確率で『あるタイプの人間』を指し示したのだ」
「あるタイプの人間」とは?
それは「自分に集中している人間」。周りに注意を向けずに、自分のことで忙しすぎる人たちだった(歩きスマホなどは典型例)。
逆にいえば、「身の回りに注意する」、たったそれだけのことで犯罪者のターゲットからは外されることになる。
「犯罪者の立場に立ってみれば分かる。周囲に注意を払う人物に対しては、見つかるというリスクが高まるために、犯罪行為の難易度が格段にあがるからだ」
コンスタンチンは言葉をつづける。
「護身という観点において、力の強さや動きの速さ、あるいは身体の大きさなどは何の助けにもならない。洞察力のある人、注意深い人、そして頭の良い人が身の安全を確保できる」
何らかの事態に巻き込まれてしまった時点で、利は敵方にあり。獲物はただ狩られるばかり。
「だから事態が起こる前に見抜かないといけない。つまり、護身の90%は頭の中で行われるのだ」
そう指導するコンスタンチンは、ロシア格闘技「システマ」の達人。
幾多の戦場を生き延びた功績が買われ、プロのボディーガードとしてロシア軍の特殊部隊でも指導にあたる。
コンスタンチンの扱う領域は広い。要人警護や集団戦、地形(森や川など)を活かした戦術。野営などのサバイバル術から、スリやひったくり対策…。
その中でも出色なのが「戦闘心理学」。
彼は犯罪心理の研究によって学位を取得した心理学博士でもある。
「護身の90%は頭の中で行われる」という彼の言葉は、そうしたデーターベースから導きだされた科学的なものなのだ。
しかし、どうやって他者への注意力を高めたらよいのか?
コンスタンチンは言う、「カフェなどのテラス席に座り、道行く人々を観察するとよい。20分くらいやれば、自ずと狙いやすい人とそうでない人が見分けられるようになるだろう」
人々の何気ない行為の観察を続けることにより、不審な振舞いをする者に感づけるようになるという。
「自分自身も観察するといい」
自分自身というプリズムの曇りを磨いておかないことには、そこに投影される他者という像が濁ってしまう。
コンスタンチンいわく、「自分のことが分からない人間に、他人のことが分かるわけがない」
次に重要となるのは、危機との「距離」
「護身の70%は『距離』で決まる」とコンスタンチンは言う。
敵に限らず、脅威の対象に近づけば近づくほど当然、危険度は増す。だからできるだけ近づかないようにする。あまりにも当たり前のことだが、それが幾多の戦場を生き抜いたきたコンスタンチンの言葉である。
「残りのうち20%は『角度』だ」
敵と相対さざるを得ないときは、正面よりは側面、あるいは背後。より安全な角度へと身を移す。
「つまり、距離と角度をあわせた『位置関係』が、セルフディフェンス(護身)のじつに90%を占める」
人は無意識に「パーソナル・スペース」といわれる領域を感じているという。
もし他者がその範囲内に踏み込んだ場合、身体にはわずかな緊張が生まれ、それが違和感として自覚される。この違和感、すなわち「身体の声」が聞こえたら、それがなくなる位置まで移動する。
「この時、くれぐれも目や耳といった特定の知覚に頼ってはならない。特定の感覚に頼ってしまうと、第六感を含むあらゆる知覚が封じられてしまう」
それでも他者との衝突が避けられないとしたら?
そこでようやく、最後の10%をつかう時がくる。
だが、まだ格闘技術ではない。意外なことに、まず「演技」だという。
「相手をさらに刺激しないことである。間違っても睨みつけたり、肩を怒らせたり、拳を向けたりといった攻撃的な素振りを見せてはならない。あくまでもリラックスを維持し、柔和な表情を保つ」
その演技力によって相手の警戒心を和らげることができれば、話し合いが成立するかもしれない、とコンスタンチンは言う。
それすらも叶わない場合、
「やむをえず実力を行使するなら、数秒のうちに終わらせる」とコンスタンチンは教える。
その具体的な技は、内股への蹴り。不意にバランスを崩した相手は、反射的に体勢を立て直そうとする。そのバランスを回復するまでのわずかな時間、たった一度だけ訪れるそのチャンスにすべてを賭ける。
「成否を分けるのが、最初のひと蹴り。そして蹴った瞬間でさえも居着くことなく、動き続けることができなければ、相手の硬直を逃がしてしまう」
そのために格闘技「システマ」では、ひと蹴りのコントロール性を磨く。最も崩れやすい部位を、的確なタイミングで。狙った部位も悟らせずに、気配の消えた鋭い蹴りを放つ。
その際、よそ見をしたり、あるいはクシャミをしたりと演技力が加われば、成功の確率はぐっと高くなる。
コンスタンチンの指導に、抽象論や精神論は一切ない。
戦場で磨かれた、容赦ないほどの論理性があるだけだ。
「世界はいつどうなるか分からない。だから平和で皆さんに会えるうちに、知っていることを残らず伝えておきたいのだ」
これは、システマの創始者・ミカエルの言葉。
その薫陶をうけたコンスタンチンもまた、同じ言葉を繰り返した。
(了)
ソース:DVD付き 月刊 秘伝 2014年 05月号 [雑誌]
コンスタンチン・コマロフ「戦闘心理学」
関連記事:
シンプルな原則が自由を生み出す「システマ(ロシア格闘技)」
自然な動きを追求する「ピラティス」。動物としての人間
「いざ」というその一瞬のためだけに。「神武の精神」
0 件のコメント:
コメントを投稿