2013年8月28日水曜日
なぜ強くなった? ドイツのサッカー事情
なぜ、ドイツのサッカーは強くなったのか?
Number誌「2014年のW杯で、ドイツ代表はスペイン代表と並んで『優勝候補ナンバーワン』と言ってよい」
代表のレベルは、その国内リーグのレベルから直結する。
「'90年代後半から'00年代半ばまでのドイツ代表が良くなかったのは、国内クラブのレベルが低かったからだ」と、バウル・ブライトナーは言う。彼は元ドイツ代表で、'74年にW杯優勝、'82年にW杯準優勝を果たしている。
彼は続ける。「だが、ブンデスリーガ(ドイツ国内リーグ)は今や、バイエルン以外にもドルトムントなど欧州を代表する強豪も登場し、スペインと並んで、欧州最強リーグとなった。それゆえ、ドイツ代表も素晴らしいサッカーを展開している」
昨シーズン、欧州最強を決めるCL(チャンピオンズ・リーグ)の4強として準決勝に残ったのは、スペインの2強(バルセロナとレアル・マドリー)、そしてドイツの2強(バイエルンとドルトムント)であった。
Number誌「おそらく多くの人が、バルセロナとレアル・マドリーによるスペイン勢同士の決勝カードをイメージしていただろう。だが、バイエルン(ドイツ)がバルセロナを破り、ドルトムント(ドイツ)もレアル・マドリーを退け、決勝は『ドイツのクラブ同士』の戦いになった」
それはまさに、「ドイツ時代の到来」を予感させる出来事であった。
なぜ、ドイツのサッカーは再びそこまでのレベルに達することができたのか?
「それはひとえに、ドイツ人がようやく他国から学ぼうという姿勢になったからだ」と、元ドイツ代表のパウル・ブライトナーは言う。
「かつて我々は、多少の浮き沈みはあっても『自分たちのパワーがあればW杯で優勝できる』と思っていた。だから他国から学ぶことなく、立ち止まってしまっていたのだ」
「ドイツ人は働くために生きている」という言葉がある。それを踏まえて、パウルはこう指摘する。
「サッカーでもドイツ人は『力任せの労働者』になってしまっていた。闘うばかりで、サッカーは『労働』だった。本来、サッカーは『プレーする(遊ぶ)もの』だというのに…」
その間、よりプレーしていた(遊んでいた)他国に、ドイツはいつの間にか追い抜かれてしまっていた。
パウルは自嘲気味にこう続ける。「'98年のW杯から'04年のEUROまで、ドイツのサッカーはお粗末なものだったろう?」
「お粗末」だった頃のドイツでは、「子供たちはランニングばかりさせられていた」とパウロは言う。
「ボールの扱い方、技術を高めるよりも、パワーが大切だったのだ。それを考え直した。子供たちを再び『プレイヤー』にしなければならない、と」
危機感を抱いていたドイツ・サッカー協会は'00年、年間1,000万ユーロ(約13億円)の予算を組み、国内390ヶ所に育成センターを立ち上げた(エリートを育成する東ドイツ流のやり方で)。その結果、才能ある若者たちが次々と国内に芽吹いてきた。マリオ・ゲッツェ、トーマス・ミュラー、トニ・クロース…。
現在、ドイツ最強チームであるバイエルンで辣腕を振るう「ウリ・ヘーネス」は、早くから育成に力を入れてきたことを、こう語る。
「移籍金を払いたくないからだ」
彼はソーセージ会社の経営に成功して億万長者になった男だが、「現金主義」を自称する「生まれながらのケチな性格」が武器になったと語る。
彼が育てた「自前の代表選手」は、ラーム、シュバインシュタイガー、ミュラーと数多い。やむなく他国から選手を「買う」時は、値切りまくるのが彼の流儀であるという。
ヘーネスが「バイエルンのマネージャー」に就任したのは27歳の時。それ以来35年間、ギャラを誰かが懐に入れるような「悪しき風習」にメスを入れ続け、バイエルンの収益を伸ばし続けた('09年からは会長に)。
今や、バイエルンは「欧州一の健全経営と資金力」を誇り、選手に給料を未払いすることなどあり得ず、「世界一の監督」の呼び名も高いグアルディオラさえをも引き寄せた。
バイエルンに限らず、ドイツのクラブ・チームの経営は他国に比べて健全である。
ドイツのシャルケで活躍する「内田篤人(うちだ・あつと)」は、こう言っている。「他のリーグとか見ていると、給料未払いみたいなニュースとか聞くけど、(ブンデスリーガ)はそういうことがないし、経営もしっかりしている」と。
しかしなぜ、ブンデスリーガ(ドイツ国内リーグ)だけが、経済的な安定を保てているのであろうか?
Number誌「ボスマン判決以降、サッカー界は巨大な金が動くようになり、大きく膨れ上がった。隆盛を誇ったセリエA(イタリア)が凋落し、リーガもスペイン経済の不況に勢いをなくし、プレミアリーグ(イギリス)も停滞気味だ」
FIFAマスターの授業で「各国リーグの収入源のバランスシート」を見せてもらったという、元日本代表キャプテンの「宮本恒靖(みやもと・つねやす)」は、こう分析する。
「他国リーグが『放映権収入』に大きく依存する中、ドイツは『収入の4本柱』のバランスが非常に良い」
宮本の言う「収入の4本柱」とは、「放映権料」「試合収入(入場料など)」「スポンサー料」「物販など(他のコマーシャル事業)」。
宮本は続ける。「スペインはバルセロナとレアル・マドリーという2大クラブを頼りとした放映権への依存傾向にあり、国の経済も相まって危険な状況にある。イタリアも放映権への依存度が高く、基本的に物販面で整備されていなところが多いので、コマーシャル事業での収入が少ない。プレミア(イギリス)も放映権が突出している。これはプレミアが世界中に人気がある証拠でもあるのだが、そのバブルが弾けた時、どうなってしまうのか…」
ドイツ・サッカーの収入源は、4つにバランス良く分散しているため、一本足で立っているような他国のリーグよりずっと安定的である。
「そこに魅力を感じている選手は多い。とくに他国リーグで発生している『給料未払い問題』などが、ドイツに良い選手を呼び寄せるキッカケにもなった。そうして各クラブのレベルは上がり、CL(チャンピオンズ・リーグ)や欧州リーグで結果を出しつつある」と宮本は説明する。
現役でプレーする内田篤人は「お客さんが入るのはやっぱりデカイ。俺もそうだけど『満員のスタジアムでやりたい』という選手は多いはずだから」と話す。
現在、ドイツの平均入場者数は4万4,221人、平均収容率90%という驚異的な数字を生んでいる。それは世界一の数字である。2004年、それまで世界一であったイングランドのプレミアリーグの平均入場者数を抜き去り、横ばいを続けるプレミアリーグを下方に見ながら、ドイツのブンデスリーガは上昇曲線を描き続けている。
それは、ブンデスリーガが顧客満足度をいかにアップさせるかに腐心した結果である。
「ドイツは平均的にサービスの質が高い印象を受ける」と宮本は言う。
イングランドのプレミアリーグは、いまだにフーリガン的な危険な空気が漂っている('85年以降その根絶を目指しているというが)。とくにビッグマッチなどでは「何が起こるかわからない」という不安が、家族や子供連れを遠ざけているという。
「スタジアムはどこも安全だし、ファンの質も高い。こうした環境がドイツのサッカーの質や文化的な価値を高めているのだと思う」と宮本は語る。
「ブンデスリーガが、日本人に扉を開いていることの凄さをもっと理解してほしい」
日本人選手がブンデスリーガに進出するうえで、「最も貢献したドイツ人」といわれる代理人「トーマス・クロート」はそう言う。彼は高原直泰にはじまり、稲本潤一、小野伸二、長谷部誠、香川真司、内田篤人、清武弘嗣など、名だたる選手たちのブンデスリーガ移籍を実現させてきた実績をもつ。
「ドイツ勢対決となった昨季の欧州CL(チャンピオン・ズリーグ)決勝を見ればわかるように、ブンデスリーガは間違いなく世界一のリーグだ。だから、世界のベストプレーヤーがドイツに来ることを望んでいる。競争が激しくなれば、当然求められる能力が高くなる。にも関わらず、『日本人は常に必要とされている』んだ」と、トーマスは言葉を強める。
「ドイツのクラブの多くが、南米の選手に比べて日本人は『適応が早い』という印象を持っている。日本の選手は理解力があり、他の選手から学ぶのを得意としている」とトーマスは言う。
その模範的な例として、トーマスは内田篤人の名前を挙げた。
「アツト(内田篤人)がまさにそうだ。注意深く観察して、すぐに行動に移す。今やアツトはドイツ人選手になったと言ってもいいくらいのプレーをしている」
香川真司には「日本人通訳」を付けたが、内田にはチームの事情により付けてやれなかったとトーマスは言う。
「だが、アツトは通訳なしで全てをやってのけたんだ。すごい根性だよ。これには私も驚かされた。チームに完璧に溶け込んだし、ドイツ人ファンのお気に入りの選手にもなった。アツトが右サイドを駆け上がると、スタジアム中に『ウシィィィ』と響き渡るからね」
そうした内田篤人や香川真司の活躍のおかげで、ドイツでの「日本人ブランド」が確立された。
「ドイツにおける『攻撃的MF(ミッドフィルダー)』と『サイドバック』の日本ブランドが確立されたんだ」とトーマスは誇る。
イングランドのプレミアリーグへの移籍を果たした香川真司はやはり、とりわけインパクトが強く、「第2の香川」を求める呼び声も高い。その大きな期待に、トーマスはすでに次の候補を見つけているという。
「シンジ(香川真司)の才能と質を受け継ぐ選手がすでにいる。『ヒロシ・キヨタケ(清武弘嗣)』だ。彼はトップ・プレイヤーとしてベストな道を歩み始めている」
現在、ドイツ市場における日本人選手のトップが「清武弘嗣」。
選手の市場価値を算定するWebサイトの権威「Transmarket.de」によれば、600万ユーロ(約7億8,000万円)である。それに次ぐのは、乾貴士の500万ユーロ(約6億5,000万円)。内田篤人は400万ユーロ(約5億2,000万円)。
いまや、ドイツのサッカーは「世界のロールモデル」となりつつある。
あるイタリアのクラブ関係者は、こう言っている。「イタリアのクラブは世界からあまりにも遅れを取り過ぎている。それを取り戻すには、ドイツのクラブを参考にして、改善していかなければならない。モデルはドイツだ」
イタリアではクラブが税金を払えないと、クラブを守るために国が法律を変えてしまうこともある。そんな規律のなさがイタリア・セリエAを凋落させる因ともなった。だが、規律を何よりも重視するドイツでは、そんなことはあり得ない。
Number誌「ドイツは極めて健全であり、正しい道を歩んできたゆえに、今の隆盛があるのではないか」
それはサッカーだけに限ったことではない。大きなマクロ経済を見ても、ドイツは欧州で突出している優等生だ。
真面目な労働者が、遊び心をもって良い仕事をしだした時に、そこが世界の中心となった。
自分だけの力に自惚れずに、他者にも学ぼうとした時、世界は回り始めた。
確かに今、世界の大きなうねりはドイツを抜きには語ることができなくなっている。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 9/5号 [雑誌]
「90分でわかる ブンデスリーガ講座」
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