2015
FIFA Women's World Cup CANADA
女子サッカーW杯カナダ大会
決勝戦
日本 vs アメリカ
前半3分、アメリカのCK(コーナーキック)
日本の佐々木則夫監督は「異変」にいち早く気がついた。
佐々木監督
「ロイドが下がったので『おかしい』と思いベンチ前に出て行ったのですが、このスタジアムで僕の声は選手に届きませんでした」
ロイドをマークしていた岩清水梓はその直前、ロイドの位置を目視しているように映像では見えた。しかし、ボールが入って岩清水がロイドから一瞬目を切ったその刹那、高速移動したロイドがアッという間に先制点。
佐々木監督の叫び声をかき消した5万人超の大観衆は、アメリカ怒涛の先制点に沸き立った。
キャプテン宮間あや選手
「自分が代表に関わったなかでも、一番の大歓声でした」
つづく前半5分、ふたたびロイドが決めた(アメリカ2点目)。
”声が届かないスタジアム。事前に決めていた目を合わせての意思疎通をする余裕もなく、なでしこジャパンはピンチの連続となった。開始わずかな時間でアメリカは大観衆を惹きつけ勢いを手にいれた(number誌)”
そして14分、今度はホリデー。岩清水のクリアミスをダイレクトにゴールに叩き込む(アメリカ3点目)。
なでしこジャパン立て続けの失点に、またもやロイドがセンターライン付近から超ロングシュート。これがまさか、キーパー海堀の頭を超えて日本ゴールに転がり込む(アメリカ4点目)。
”野球にたとえれば、1回表で勝負がついた。アメリカは前半16分までにシュート4本で4得点。先頭から4番打者までが連続ホームランを打ったようなものだった(number誌)”
アメリカ、エリス監督
「夢を見ているようだった」
アメリカ、ワンバック選手
「天国にいるのかと思った」
打つ手すべてがことごとく成功したアメリカだった。
まさかまさかの連続失点に、なでしこキャプテン宮間は2度にわたってピッチ上に全員を集めた。
キャプテン宮間あや
「マークのズレやミスが重なって、へこんでしまう選手が出そうだったから。誰かのせいだけで失点するっていうのは、サッカーではあり得ないこと」
チームが崩壊してもおかしくない状況だった。動揺する選手らの心を何とかつなぎとめなければならなかった。彼女は丁寧に言葉を選んだ。
宮間あや
「1点ずつ返して行こう」
○大儀見優季(おおぎみ・ゆうき)
なでしこが円陣を組んだ時、日本のエース大儀見優季は、失点にからんでいた岩清水の頭をグッと抱き寄せた。そして力強くこう言った。
「大丈夫だから」
後日、大儀見はその時のことをこう語る。
「あのときはイワシ(岩清水)のメンタルが動揺していましたから、なんとか落ち着かせて、とにかく前に行こう、と。それに、私は点を取らなければいけない立場だから、自分にプレッシャーをかけたところもあると思います」
反撃の狼煙(のろし)をあげたのは、この大儀見だった。
前半27分
アメリカ絶対の守護神ソロの牙城に、大儀見は真正面からボールを蹴り込んだ。
大儀見優季
「決勝の舞台でソロから点を奪えたことは大きいですね。実は、あの試合だけGK(ゴールキーパー)のプレーをイメージしてから入ったんです。そうしないとゴールを決められない相手ですから」
アメリカのGKソロと真正面で対峙したとき、大儀見はスローモーションのように冷静に動いた。
大儀見
「シュートチャンスのとき、いかに冷静になってゴールを決めたい気持ちを抑えられるか、を今まで努力してきました。決めたいと思うと体が硬くなってしまいますから」
シュートを打つ直前、大儀見は一瞬、間をおいた。
大儀見
「リプレー映像を見ればわかると思いますが、ソロは速いシュートが来ると予測して先に跳んでいるんです。そこでゆるいシュートを蹴って、ソロのイメージの逆をつきました。あんな弱いシュートは全部の関節を曲げて蹴らないとできません」
大儀見のゴールで1点返したなでしこジャパン。
この時点で、スコアは1対4。
○澤穂希(さわ・ほまれ)
なでしこのカリスマ、澤穂希(36歳)
6大会連続のW杯。4年前の前大会はキャプテンマークを巻いて優勝をはたしているが、今大会は交代要員としてベンチに控えていた。おそらくは彼女にとって今回が最後のW杯であろう。
その澤が早々に呼び出された。
アップもそこそこに慌ただしく投入されることになった。
澤と交代になったのは岩清水梓。失点の責任に打ちひしがれていた彼女を、澤は優しい笑顔で迎え入れ、そしてピッチへと走りこんだ。
ピッチ上ではキャプテンマークを譲った宮間と、長めの握手をしっかり交わす。
宮間はこう言っている。
「あの位置(ベンチスタート)からもう一度わたしの良さを引き出してくれるのがホマ(澤)」
宮間は右も左もわからなかった頃から、澤の背中だけを見て走ってきた。澤が代表から外れたときは、その復帰を切望した。新旧のキャプテン同士、2人にしか奏でることのできない至妙なコンビネーションがあった。
澤の早期投入は宮間にとって嬉しい誤算、前半33分、思いがけず早い段階で宮間が望んだ布陣となった。
”ボランチとして並んだため、2人で得点シーンを作ることは難しい。セットプレーに絞り込んだ。磨いてきたスピードあるニアへのボール。澤とのタイミングも合った渾身の1本はGKソロの絶妙な判断によりクリアされた。しかし、もう1本はオウンゴールにつながった。2人の想いは、最後のピッチでも確かに重なっていた(number誌)”
後半7分、宮間の蹴ったFK(フリーキック)を、澤が相手DF(ディフェンダー)と競ってオウンゴールを誘った。
これでスコアは2対4。
逆転の光がかすかに見えてきた…と思われたその2分後、アメリカはダメ押しの5点目をCK(コーナーキック)から日本ゴールへと押し込む(後半9分)。
またもや3点差。
○岩渕真奈(いわぶち・まな)
なでしこ最後の交代カードは、最年少の岩渕真奈。
大会直前の怪我によって一度はカナダ行きを諦めかけた彼女。だが、後半からの交代要員、天才ドリブラーとして準々決勝オーストラリア戦ではゴールを決めている。
岩渕はその時のゴールをこう語る。
「澤さんが『今日、誰が点を取りそう』って言うと、本当にその人が取るんですよ。だから試合(オーストラリア戦)前日に『お願いだからブッチー(岩渕)が取るって言って』ってふざけて言ったんですよ。でも『明日言うよ』って言われちゃって。そしたら試合当日、『いや、ブッチー来るかもしんない』って。で、いつも澤さんがやってるおまじないも教えてもらって。だから『澤さん、点取れちゃったんだけど!』みたいな感じでした」
岩渕がオーストラリア戦で決勝ゴールを決めたとき、ピッチの外では目頭を抑えている澤の姿が見られた。
佐々木監督は
「こういうことだ。大事なのは」
と言って、ある映像を代表選手たちに見せたことがある。その映像とは、澤が高校生相手の練習試合で激しいスライディングをしてボールを奪おうとするシーンだった。
監督が選手らに示したのは「戦う姿勢」。その基準はいつも澤にあった。
大儀見は言う。
「澤さんは、あれだけすごい人になったのに、いまだに成長を求めて、実際に成長しているところがすごい」
その戦う姿勢を、澤は今回のアメリカ戦でも見せた。
”宿敵ワンバックとの対決場面。女子代表で歴代最多得点記録を誇るレジェンドが、フリーでペナルティエリアへの侵入をはかろうとするや、澤はためらうことなく後ろからスライディングで仕留めた(number誌)”
4点差にされても、3点差でも
「1点を取りにいく姿勢」
それはレジェンド澤から最年少の岩渕まで、なでしこに一貫して体現されてきた姿勢である。その姿勢を彼女たちは、絶対劣勢に立たされた今決勝戦でも貫いた。
スコアは最後のホイッスルが鳴るまで3対5からは動かなかった。
しかし彼女たちは最後の最後まで、1秒を惜しんでアメリカゴールへと果敢に迫った。
宇津木瑠美は言う。
「余力を残して負けるなんて、誰に対しても申し訳ない。最後は倒れるくらいの気持ちでやりました」
タイムアップの笛がなったとき、日本の2大会連続優勝の夢は幻と消えた。
キャプテン宮間は、いつもほとんど感情を見せない。彼女が感情をみせるのは、試合直後のわずかな時間だけだ。冷静を旨とする彼女は、試合終了とともに日本ベンチへと向かった。
彼女は言う。
「途中でピッチを退いた選手たちが気になっていました」
”気丈に振る舞いながら、キャプテンとしての責任を果たし、ふたたびピッチに戻ってきた宮間は、あふれ出てきた涙をユニフォームでそっとぬぐった。それは、彼女がキャプテンとしてではなく、宮間あやとしての感情を見せた唯一の瞬間だった(number誌)”
澤穂希はむしろ晴れ晴れとした表情で、優勝の歓喜に沸くアメリカの選手たちが映る大型モニターを見上げていた。
「みんなが持っている力をすべて出し切った。本当に悔いなく、自分自身は”やりきった”と思っています」
ほんのすこし目を潤ませつつも、澤はじつにスッキリとした表情でピッチをあとにした。
(了)
ソース:Number(ナンバー)882号 新日本プロレス、№1宣言。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィックナンバー))
なでしこジャパン「女子W杯準優勝の軌跡」
宮間あや「最後に溢れた涙の理由」
澤穂希「最後のW杯に一片の悔いなし」
大儀見優季「持っているものは全部出しました」
岩渕真奈「4年間の成長と手にした自信」
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