2014年6月24日火曜日
シャビとイニエスタ [スペイン]
Tiki-Taka(ティキタカ)
それはサッカースペイン代表のお家芸
まるで一つの生き物のように、チーム全体が短いパス回しで連動していく。
圧巻だったのは、世界の大陸王者が競ったコンフェデレーションズ杯で見せたティキタカ。
ナイジェリアとの一戦、スペイン代表は自陣ゴール前から短いパスをつないでいき、相手に一度もボールを奪われることなく先制ゴールを決めてみせた。つなぎにつないだパスは、じつに13本。
この一戦、最終的にスペインが交わしたパスは合計806本。その成功率は93%。
縦横無尽のパス網、ティタカ。
よく見ると、パスの3本に1本が、一人の男を経由している。
その男、シャビ・エルナンデス。
身長は1m70cmと小柄ながら、その眼差しはタカのごとく鋭い。
スペイン代表が一つの生き物だとしたら、その頭脳は間違いなくこの男、シャビ。
シャビは言う
「僕にはピッチ上のすべてが見えている」
■カンテラ
スペインのクラブチーム「バルセロナ」には、「カンテラ」と呼ばれるユースチームがある。
カンテラとはスペイン語で「石切り場」。原石を磨き育てる場所である。7〜19歳の才能が、200人ほど所属している。
シャビがカンテラに入団したのは11歳のとき。
身体は同じ年頃の子よりも一回り小さく、足もそれほど速くなかった。
だが、入団当初から「頭の回転の良さ」には定評があった。
「もっと早くパスを回せ!」
カンテラでは、とにかくパスを回す練習をさせられる。
「パスを受ける前から、次に何をすべきか考えろ!」
パスを回すには、頭を使わなければならない。複数のパスコースから瞬時に最適なパスを選び出す。少年シャビは、そうした練習をずっと叩き込まれてきたのだった。
シャビは言う、「ちょうど12歳くらいの頃から、カンテラで司令塔(プレーメーカー)として必要なことを教わってきた。『頭を上げて、つねに周りの状況を把握しておけ』というのは、ずっと言われてきたことだよ」
最高の練習は、本家バルセロナの試合を繰り返し見ることだった。
「僕にとって幸運だったのは、目の前に最高のお手本がいたってことだね。僕はいつもそのサッカーを眺めていたんだ。当時、プレーメーカーのポジションにいたのはペップ・グアルディオラだ。すべてにおいて、グアルディオラは僕の手本となった。そのイメージは今も残っている。パスの精度、ボールをキープする力、判断力、すべてが一流だった」
カンテラ時代からシャビは「頭脳プレーに長けている」と高い評価を受けた。
だが、ティキタカ(パスサッカー)は一人ではできない。シャビの頭の回転の速さ、パス回しについてこれる相方が必要だった。
そんな相棒が現れるまで、シャビはもう少し”石切り場”で待たねばならなかった。
■イニエスタ
その男は、バルセロナから650km離れた町で、酔っ払いたちの間をドリブルですり抜けていた。実家が営むバル(飲み屋)が彼の遊び場だった。
アンドレス・イニエスタ
サッカーセンスの塊のような少年だった。
11歳のとき、カンテラにスカウトされたイニエスタは、4つ上のシャビと出会う。
この2人の出会いが、のちにサッカーの歴史を変えることになる。
サッカー界の伝説、ヨハン・クライフ(元バルセロナ監督)は語る。
「シャビはパスによって攻撃のリズムをつくる。そこにイニエスタという違う才能が加わった。彼は敵のゴール前で滅法強く、即興性があり自由自在だ。前線にイニエスタという才能がきたことで、シャビは自分のパスを受け取ってくれる偉大なパートナーを手にしたのだ」
シャビとイニエスタは、まさに阿吽の呼吸であった。
シャビは言う、「イニエスタは僕のプレーの意味を理解してくれる。スペースをつくるために僕が下がれば、彼が上がる。彼が下がれば僕が上がる。アコーディオンのようにね」
イニエスタは言う、「僕たちは常に、さまざまな場面場面で、お互いが今なにをすべきかということを瞬時に考えているんだ。シャビと僕の2人は、ピッチ上でサッカーを創造していると言ってもいい」
■アラゴネス監督
だが、2人がスペイン代表にデビューした当初、批判の風は冷たかった。
「小さいヤツはいらない。去るべきだ」
シャビとイニエスタ、2人はともに身長1m70cm。当時はまだ身体能力ばかりが重視されていた時代だった。スペイン人は日本人と同様、体格で他国に劣るために、世界のビッグタイトルには手が届かずにいたのである。
シャビは振り返る、「あの頃は誰もが、サッカー選手に力強さや耐久力を望んでいた時代だった」
そんな風潮に流されなかったのが、当時のスペイン代表監督、ルイス・アラゴネス。
「スペインは小柄な選手で戦う」
アラゴネス監督はそう言い切った。そして、シャビとイニエスタの2人の可能性もはやくから見抜いていた。
「君たちの才能は世界一だ。それこそが我々にとって最大の武器だ」
シャビとイニエスタを代表に抜擢したのは、このアラゴネス監督だった。
シャビは、アラゴネス監督の部屋によく呼ばれたという。
監督はこう言っていた、「なぁシャビ、お前なら分かるだろう。スペインはやれるんだ。そしてワシのチームの中心で指揮をとるのは、お前なんだ」
シャビはこう振り返る、「スペインは、フィジカルではドイツやイタリアには敵わない。だから自分たちの長所をいかしたサッカーを貫くべきなんだ、と。アラゴネスと一緒に、僕らは変革を起こしたんだ」
その後、”小柄”なスペイン代表は世界を席巻してゆく。
ヨーロッパ選手権2008優勝
南アフリカW杯2010優勝
ヨーロッパ選手権2012優勝(2連覇)
ティキタカを完成させたスペイン代表は、世界のビッグタイトルを総ナメにしてしまった。
——何よりも世界を驚かせたのは、そのスペクタクルなサッカーだった。スペインは過去に、この種の攻撃的で美しいサッカーを見せたことはなかったからだ(Number誌)。
■シャビの一手
ピッチ上のシャビは、しきりに辺りをチラチラ見る。敵を見て、味方を見て、そして瞬時に全体の状況を把握する。
彼の空間認識力はズバ抜けている。まるで上空を飛ぶタカのごとく、真上からピッチ全体を俯瞰しているかのように、敵も味方もすべての選手の位置を正確に把握してしまうのだ。
その脳の中をのぞいてみると、「大脳基底核」と呼ばれる脳の深いところが活発に活動している。この大脳基底核というのは、人間が繰り返し行った経験や知識が長期的に記録されている場所だ。
それに対して一般的なプロ選手の場合、大脳基底核の代わりに脳表面の前頭前野が活発に活動している。この部位が働いているということは「考えている」ということだ。
ところがシャビの場合は「考えていない」。シャビの頭脳の奥深く(大脳基底核)には、カンテラ時代から培った膨大な試合パターンが蓄積されており、最適なパスの一手が瞬時に、そして無意識に選び出されているのである。
「これは将棋のプロ棋士が、次の一手を直観的に決めるときによく似ています」
脳科学の研究者、万小紅はそう説明する。
シャビは言う、「サッカー選手は頭が悪いなんて言う人もいるけど、トップクラスのサッカー選手は、たとえ勉強が苦手でも、頭が悪いなんてことはあり得ないよ。間抜けな奴にサッカーはできない。プレーメーカーは肉体よりも脳のスピードのほうが重要なんだ」
■イニエスタの即興
一方、イニエスタがズバ抜けているのは、瞬間的な即興能力である。
ディフェンダーに囲まれたとき、ドリブルで抜くのか、それとも味方にパスを出すのか? 敵の意表を突く新たな一手を、イニエスタは瞬時に実行する。
イニエスタは即興的、独創的なアイディアで試合の流れを変える天才肌なのである。
イニエスタが敵をかわす方法は、じつにシンプル。
おもにダブルタッチという足技。右、左と軽くタッチして敵を抜いてしまう。ブラジルのネイマールのような派手なフェイントや足技とは対照的である。
イニエスタの特徴は、その動きの小ささ。相手ギリギリに迫るまで重心をほとんど移動しないために、相手はイニエスタがどちらへ抜こうとしているのか直前までわからない。
「気がついたら抜かれていた」
それがイニエスタの魔術。
そうしたイニエスタの能力の高さを表す数字が「チャンス構築数」。シュートの機会をどれだけ生み出したかを示す数字である。
たとえば、2013コンフェデ杯、イニエスタは出場選手中、断トツのトップだった(5.53回/90分)。ちなみにブラジルのエース、ネイマールは3.57回にとどまっている。
イニエスタは言う。
「プレー中に何を考えているかって? ほとんど意識していないよ。僕のプレーは状況に応じたアドリブだからね。ゴール前で考えて行動するなんて悠長な時間はない。僕のサッカーは即興なんだ」
■情熱の赤
La Roja(ラ・ロハ)
前回の南アフリカW杯(2010)、この「情熱の赤」がピッチを焼き尽くした。
スペインの平均身長は、強豪国中、最も低かった。
小柄な司令塔シャビは、つねにピッチをコントロールし、完成されたティキタカが試合を支配した。そしてゴール前ではイニエスタの即興が奏でられた。
決勝は、スペイン対オランダ。
90分間フルに戦っても決着がつかず、試合は延長戦へ。
最後の最後、延長の死闘にピリオドを打ったのはイニエスタだった。
「ゴーーーーーーーール!!!!!」
ついにスペインは悲願のW杯優勝国となった。
シャビは言う。
「カンテラが長い時間をかけて築いたパスサッカーが世界を魅了した。僕らは自分たちが信じるパスサッカーで、それまでの身体能力が中心のサッカーを変える革命を起こすことができたんだ」
■黙祷
2014年、W杯ブラジル大会
情熱の赤、スペイン代表は2連覇をかけて臨んだ。
その直前
シャビとイニエスタを代表に抜擢した元代表監督、アラゴネスが75歳の生涯を閉じた。
「小よく大を制す」
アラゴネスが世界に示したスペインのサッカーだ。
Eterno Luis Aragones(アラゴネスよ、永遠に)
シャビやイニエスタら代表選手は、アラゴネスに黙祷を捧げた。
アラゴネスがスペイン代表の監督に就任した当初、それまでの代表監督と同様、「無能だ」との評価しかなかった。
アラゴネスはこう言っていた、「ワシが代表監督に座についたのは、ユーロ2004で負けた直後のことだった。あの頃はまだスペインのサッカー(のちのティキタカ)も確立されていなかった」
2006年のW杯、フランスに敗れたときは、国内で大きな批判を浴びた。
「またいつものスペインじゃないか!」
だが、いかに世論に反発されようと、この老将が信念を曲げることはなかった。
代表選手のトーレスは、当時をこう語る。「アラゴネスは僕らの心の奥にあった恐怖を取り払ってくれたんだ。いつまでたっても、結局スペインは勝てないんじゃないか。そんな不安を。あの頃、スペインがパスサッカーで世界の頂点に立てると考えたのは彼しかいなかった」
シャビは言う、「アラゴネス監督の言葉は、いまも忘れられない。彼はたった一人で、負け犬根性が身についた僕たちの意識を変えたんだ。小さくても勝てるんだって」
アラゴネスは言っていた、「さんざん叩かれた分、やり返そうじゃないか。失意にあったこれまでの日々を思い出せ。我々はサッカーの真価を世界に見せつけるんだ!」
——アラゴネスは2014年2月、この世を去った。シャビは誰よりも恩師の死を悲しみ、落ち込んだ。ブラジルの地で、アラゴネスが完成させたパスサッカー(ティキタカ)を貫くことが、一番のオマージュになると思った(Number誌)。
■波乱
しかしブラジルW杯、スペインには起きて欲しくない波乱が起きた。
まさかの、グループリーグ敗退。
2戦して2連敗(対オランダ、対チリ)。
前回優勝国スペインは、どの国よりも先にブラジルを去ることになってしまった。
グループリーグ敗退を決定づけたチリ戦
ピッチ上には孤軍奮闘するイニエスタの姿があった。
シャビはおらず、いつもの絶妙なパスが前線に送られてこない。
——シャビがスタメンから外され、チームは明らかに戸惑った。バルセロナとスペイン代表の強固なリンクが切り離されてしまっていた(Number誌)。
シャビが先発を外されたのは、いつ以来だったか?
——2000年に初めてA代表のユニフォームを着てから14年間、130試合にわたり、ピッチ上にはこの「小さなミッドフィルダー」の姿があった。その存在自体がスペイン代表そのものであった。背番号8のいないスペインは、ジダンが去った後のフランスのように空虚であった。
「ティキタカ」と呼ばれてきたスペインの美しいパスサッカーは鳴りを潜め、その攻撃には迫力と生彩を欠いてしまった。ベンチに座ったままのシャビは、例の鋭い眼差しでピッチを睨み続けていた。
34歳となっていたシャビにとって、このW杯がおそらく最後の花を咲かせるチャンスであったはず。
しかし結局、シャビがチリ戦のピッチに立つことはなかった。
シャビは、試合終了の笛をベンチで聞いた。
——スペインの一時代が終わった。マラカナン・スタジアムの空の上、うなだれる教え子たちをアラゴネスはどんな思いで眺めていただろうか(Number誌)。
(了)
ソース:
Number (ナンバー) ギリシャ戦速報 2014年 6/30号 [雑誌]
NHKミラクルボディー スペイン代表「世界最強の天才脳」
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