2014年5月26日月曜日
力よりも、理を求む [浅山一伝流]
「坂井宇一郎師範の技は、スーッと抜けるような感覚で、無造作だが非常に鮮やか。派手さはないが非常に実践的だった(松田隆智『秘伝日本柔術』)」
坂井宇一郎とは、淺山一傳流(あさやまいちでんりゅう)の真髄を得たとされる人物。
——坂井師範の技は、相手と接触するや否や、一瞬で潰してしまうという電光のような早技であったため、素人目には、どの技も同じに見えたという(月刊秘伝)。
坂井師範は常々、こう語っていたという。
「取られた瞬間に返せるようでなければ技ではない」
坂井師範が技に”速さ”を強調した裏には、力技への警鐘が響いている。
——一般の古流柔術では「若い頃は自分の体重と同じ重さを担ぎあげるだけの力はつけておくべきだ」などと言われることがあるが、淺山一傳流では、そういった類いの力は一切つかわない。必要ないというのではなく、決して使わない(月刊秘伝)。
ただし、力を使わないからとって、いわゆる脱力ではなかったという。力ではなく技で相手を制するという真意は、力の強弱ではなく、力の正しい使い方、その流れのつくりかたにあったという。
師範いわく、「相手が受け身を取るようでは、本物の技ではない」。
——一瞬で決まるという坂井宇一郎師範の技は、技が極まっていく過程では一切痛みを感じず、気がつくと極まった状態になっていたということだ。技が完全に極まる前から相手に痛みを感じさせるようでは、相手に抵抗する機会を与え、最悪の場合、技を返されてしまう(月刊秘伝)。
淺山一傳流では、形稽古が中心になっているというが、技にはいる”流れ”が特に大切にされている。
それは、技の根幹となる「理と法」を体得せしめんとするがためである。「法」とは、相手を制するための方法、つまり技の手順(流れ)。「理」とは、”なぜそのような形になるのか”という技の理屈である。
「法」は目に見えてわかるものであるが、「理」は見えざるその正体。「理」を体で覚えることなくして、「法」は導き出せない。
——この「理と法」を体得するために、力を否定し技を求めた坂井宇一郎師範は、形稽古が中心とした(月刊秘伝)。
同流の最初に学ぶ形は「引落(ひきおとし)」
稽古は「仕手(技をかける側)」と「受手(技を受ける側)」とが一組になって行われるが、修行者は主に仕手を、指導者は受手をつとめることになる。上位の者が受手をつとめることによって、学ぶ側である仕手の技をうまく誘導してやるのである。
——初伝の段階では、仕手が手順さえ正しく行っていれば、受手は技にかかってやるようにする。ただし、単純に技にかかったフリをするのではない。自分から”ここにはまれば技がかかる”というところに入って技を成立させ、仕手に技が極まるときの感触を体感させるのである(月刊秘伝)。
頭ではなく身体で、法のなかから理の一端を垣間見せる、あたかも「受手が仕手を掌の上で転がす」ように。
中伝の稽古になると、修行者は自ら理を求めるように仕向けられていく。
——この段階になると、受手は仕手が正しく動けているかを精査し、技が甘ければかかってやらない。ときには返し技で仕手を制してしまうこともある(月刊秘伝)。
そして奥伝では、さらなる理と法の精度が高められていく。だが、奥伝の形は初伝のそれと同じものである。
——ふたたび最初の手である「引落(ひきおとし)」に戻ったとき、そこにある技は初学の頃とは次元の異なるものとなっている。だからこそ、淺山一傳流は多くの形を必要としない(月刊秘伝)。
歴史的に不明な点が多いという淺山一傳流ではあるが、その体術は、丹波の国の淺山一傳斎重晨によって創始されたとされている。
謎のなかにあって幾分ハッキリしてくるのは、第13代の大倉直行。身長150cm、体重40kgと小兵でありながら武術の腕前は一流であったという。その大倉に学んだのが坂井宇一郎であった。
驚くほどの荒稽古。その中から頭角をあらわした坂井宇一郎。9歳にして入門した彼は、23歳のときには宗家の名代として武術大会に出場するほどの技量に達していたという。
——坂井師範の技は非常に速く、触れるや否や、相手を一瞬で足元に潰してしまうというものだった。80歳を過ぎてからも、投げられたその場で空中回転して着地し、瞬時に当身技を返すという技のキレを保ち、ガンを患って体重が落ちてからも、若い者の技をいとも簡単に返していたという(月刊秘伝)。
師範の没するのは平成8年。93歳。
その体術は現在、次男の坂井英二師範へと、手から手へ、受け渡されている。
(了)
ソース:DVD付き 月刊 秘伝 2014年 05月号 [雑誌]
淺山一傳流「形稽古のみで染み込ませる、古流体術の理と法」
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