2013年7月7日日曜日
ファイトあふれたウェールズ戦 [ラグビー日本代表]
ヨーロッパ王者はそのまま「北半球王者」でもあるラグビー。
その2年連続王者「ウェールズ代表」。世界ランクでも堂々の6位。
今季、ラグビー日本代表はこの王者から「大金星」を挙げ、金字塔を打ち立てることになった。
時は2013年6月8日と6月15日。およそ1週間のインターバルをあけた「2連戦」。
結果から先に記せば、第1戦は「日本18 - ウェールズ22」で日本の逆転負け。第2戦は「日本23 - ウェールズ8」で日本の完勝である。
第1戦の負けは悔しくも惜しかった。終了2分前に「突き放しのPG(ペナルティ・ゴール)」を決められるまでは、1点差で勝っていたのだ。
大金星の期待の高まっていた第2戦を前に、チーム最年少19歳の藤田慶和は「来週は勝って日本ラグビーの『歴史』をつくる」と熱い言葉を発し、ファンを燃え上がらせていた。
その歴史を見ようと秩父宮ラグビー場に集ったファン「2万1,062人」。試合開始の4時間も前から正門前に大行列をなしていた。
午後2時、真夏の暑さの中でその火蓋は切られた。
開始5分、日本のPK(ペナルティ・キック)だというのに、相手がボールを渡さない。そのボールを「田中史朗(たなか・ふみあき)」が奪いに行くが、逆に小突き返される。そこへ2人の日本代表(大野と山下)がすかさず参戦。
「両軍はいきなりヒートアップ。赤白の日本と黒のウェールズが入り乱れて揉み合いになった(Number誌)」
開始早々のこの「ファイト」を、日本代表のエディ監督は好ましく見ていた。
試合後、エディ監督は「試合の最初にフミ(田中史朗)がファイトしてくれたのが、ジャパンにとってすごく意味があった。日本の『戦う姿勢』が変わり始めていることを示してくれた」と話している。
田中がPKに即座のボールを要求したのは「速攻」のためであり、意味のないファイトではなかったのである。田中は「僕はケンカするつもりはなくて、ボールを取り返しに行っただけだ」と言っていた。
このファイトあふれる田中史朗という男は、両チーム先発30人の中で「最も小柄」である(身長166cm)。
そして特筆すべきは、彼は世界最高峰リーグである「南半球スーパーラグビー」でプレーする「日本人第一号」ということだ。野球でいえば野茂英雄、サッカーでいえは中田英寿に匹敵するパイオニアである。
そのスーパーリーグには世界ランクのワン・ツー・スリーである「ニュージランド」「南アフリカ」「オーストラリア」3カ国のトップ・チームが参戦しているわけだが、田中はその猛者たちに揉まれながら「スピードを上げる日本人」として高い評価を獲得している。
その田中、ウェールズ戦でエネルギッシュに動き続けた。
「スペースがあれば果敢に前に出る意欲と、2m近い巨漢にも臆せず向かっていく闘争心。殴られる前に殴る覚悟で臨まなければ、世界の強豪が骨を削り合うテストマッチ(国代表同士の正式な対戦)の舞台では勝負できない(Number誌)」
前半は五郎丸歩が2本のPG(ペナルティ・ゴール)を決めて、「6 - 3」と3点リードで折り返した日本代表。
ハーフタイムのロッカールーム、主将・廣瀬俊朗は「勝つチャンスだ。絶対モノにしよう」とさらに士気を上げて、後半戦に挑む。
だが後半開始直後、4分にウェールズはトライを決め、一挙5点を追加して前半の負けを逆転。
それでも、逆にトライを奪われたことに火が点いたかのような日本代表、8分と19分に立て続けにトライを決めて10得点。さらに、五郎丸が難しい位置からのPG(ペナルティ・ゴール)のキックを決めて、ますますウェールズを突き放す。
じつはこの五郎丸歩、先週のウェールズ第1戦では、イージーなPG(ペナルティ・ゴール)を2度、痛恨のミス。4点差で敗れる一因をつくっていた。
五郎丸は言う。「先週はキックの調子が悪かったので、PCに取り込んでおいた自分のフォーム画像をチェックして、今週は毎日、練習後に30分くらいかけてキックを蹴り込みました」
その甲斐あってこの第2戦、キッカー五郎丸は5本のキック全てを成功させて、MVP級の活躍をみせたのだった。
勢いにのる日本代表は、この試合で「スクラム」の成果も見せた。
「元フランス代表のマルク・ダマゾンが来日して指導した『上下左右に揺さぶってくる欧州流スクラムへの対処法』を、日本代表は連日反復」
「後半24分、日本ゴール前に攻め込んだウェールズのスクラムを、日本が逆に押し込んでターンオーバーした場面は、勝負を決めたといってもいいビッグプレーだった(Number誌)」
結果は「23 - 8」。終わってみれば、まったく危なげない完勝だった。
「この日の出来事は、永遠に語り継がれるだろう
秩父宮にヨーロッパ王者を迎えて打ち立てた金字塔
日本ラグビーは、世界と伍するための新たな一歩を踏み出した(Number誌)」
前週の第1戦、2万人を超える観衆を前にして惜敗した後、田中史朗は「これだけたくさんの人が集まってくれたのに、勝てなくて申し訳ない…」と言っていた。
そして勝った今回、田中は「ここで勝って、やっとファンに恩返しができた!」と涙ながらに喜んだ。
近年、ラグビー観戦の観衆は減り続けており、1万人を超えることさえ絶えて久しかった。それがこのウェールズ代表との2連戦、ともに2万人を超える満員の大観衆が集まってくれたのだった(第1戦 20,152人・第2戦 21,062人)。
「超満員のスタンドは力になりました。入場するだけでテンションが上りました」
そう語るのは、チーム最年長35歳の「大野均」。代表入り10年目のベテランだが、「これまで満員の観衆の中でプレーしたのは、2度のW杯だけ」と言っていた。それはいずれも国外である。
前回のラグビーW杯開催地はニュージーランド(2011)。そこでは田中史朗も大観衆に驚いたと言う。「ニュージーランドのW杯で思ったんです。日本とカナダの試合なんてニュージーの人にとっては関係ない国同士、優勝にも無関係なのに、スタジアムは満員になって『GO! JAPAN!』と応援してくれて感動しました」と。
ご存知、ニュージーランドは世界ランク1位、過去W杯2度の優勝を誇る「オール・ブラックス」を擁する絶対王者。サッカーでいえばブラジルのような「格式と伝統をもつ国」である。
ラグビー日本にとっては高嶺の花であるニュージーランドだが、田中史朗は今、そのオール・ブラックスの代表メンバーもいるチーム(ハイランダーズ)で活躍を見せている。今季、田中は先発2回、途中投入9回の計11試合に出場し、初トライも決めている。
その田中が言う。「個々のレベルはモノ凄く高いのですが、それ以外は日本とあまり違わない。コーチングの技術や理論は日本のトップリーグで学べるものと変わらないし、施設やグラウンドの環境は日本の方がいいくらい。スキル面を見ても日本の選手の方が高いなと思う部分もあります」と。
では、何が違うのか?
「違いを感じるのは『意識の高さ』です」と田中は言う。
「ウェイト・トレーニングに打ち込むときの意識の高さもそうだし、練習での集中力も高い。誰かがミスをした時でもリカバリーの反応が速い。日本では、練習でミスが出ると足が止まってしまう選手が多い。日本では、トップリーグの選手は仕事としてラグビーをしている人が多く、『失敗したら怒れる』というアタマがあるから、ミスをしたところで身体が止まってしまう」
「たとえば、目の前が空いたとき、サインを破ってSH(スクラム・ハーフ)がアタックすると、日本ではサポートが遅れてしまうことが多い。けれど、向こうではサポートの意識が高いからSHが孤立しないんです。それは各自がその場その場で素早く判断しているからだと思う」※SH(スクラム・ハーフ)は田中史郎のポジション
世界最高峰の南半球スーパーラグビーに行った田中を、日本代表のエディ監督はこう評する。
「田中はスーパーラグビーに行って、本当にランニングフィットレベルが上がった。まわりを仕切ることにも長けている。判断力、スキルレベルでは世界でも稀に見るレベルにあるSH(スクラムハーフ)だ」
ウェールズ代表に歴史的勝利を飾った後、田中はこう言っていた。
「次に負けたら逆戻り。これから勝ち続けていくことが僕たちの責任です」と。
その言葉を示すべく、ラグビー日本代表はその後に続いたテストマッチ、「カナダ」と「アメリカ」に2連勝。ウェールズ戦も含めれば目下3連勝中である。
今後の抱負を、エディ監督はこう語る。
「全体的には正しい方向に進んでいるが、もっと強く、もっと速く、もっとスキルフルにならなくてはいけない。 オールブラックスは50試合のテストマッチで90%という信じられないような勝率を誇っている。我々もそこをターゲットにしていきたい」
現在、ラグビー日本代表は世界ランク14位(2013年7月1日現在)。
1位 ニュージーランド
2位 南アフリカ
3位 オーストラリア
4位 イングランド
5位 フランス
6位 ウェールズ
7位 サモア
8位 アイルランド
9位 スコットランド
10位 アルゼンチン
目標は、次のW杯(2015・イングランド)までこの「トップ10」に入ること。ウェールズは格上だが、カナダとアメリカは日本よりも格下である(カナダ15位、アメリカ18位)。
そして、6年後には日本開催のW杯が待っている。
いまだ予選突破を見たことのないラグビー日本代表であるが、今その力は確実に高まりつつある…!
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/11号 [雑誌]
「ラグビー日本代表、ウェールズ撃破の真実」
「日本ラグビーを変えるために 田中史朗」
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