2013年7月18日木曜日
「2本の不思議なホームラン」松井秀喜 [野球]
日米通算507本ものホームランを放ってきた「松井秀喜(まつい・ひでき)」。
その中でも「332号」と「333号」の2本のホームランを打った時だけは、「不思議な感覚」に襲われたという。
「自分が打ったのに『何か違う力』が働いた感じのホームランでした」と松井は言う。
「332号」は松井が巨人のユニフォームを着て打った「最後のホームラン」。
それは2002年10月10日のヤクルト戦、東京ドームでの最終戦、8回の第4打席。マウンドには五十嵐亮太、彼は2年後に当時日本最速の158kmをマークする豪球投手。打席に立った松井はこの時、「シーズン50本塁打」に大手をかけていた。
「東京ドームの最後の打席。メジャー移籍とかそういうんじゃなくて、やっぱり49にいったから50本打ちたかったんです。打席に立っている時からちょっと違う感じでしたよね」と松井は振り返る。
そして6球目、150kmのストレートを松井は左中間スタンドに打ち込み、50本塁打を達成。史上8人目となる快挙だった。
そして「333号」はその翌年、巨人からアメリカ大リーグ、ニューヨーク・ヤンキースに移籍して最初に放った「メジャー1号」、しかも「満塁ホーマー」。
「やっぱり今でも、あの場面でよく打ったなと思いますよ、ホントに」と松井は言う。
4月8日のミネソタ・ツインズ戦の5回。ヤンキース4番のバーニー・ウィリアムスが敬遠されたため、松井がバッターボックスに立った時には満塁になっていた。
松井は言う。「満塁になった瞬間にスタジアムがすごい熱狂になっちゃって、『なんだ、これ!? とんでもないな!』と。ヤンキースタジアムは全く異質でしたね。空気の重さが違うという感じ」
一斉に総立ちになるヤンキース・ファン。猛烈な拍手と歓声と口笛の中、「マツイ・コール」が巻き起こる。
「ファンがつくるあの雰囲気を初めて経験してビックリしました。打席に立ったときには『ちょっとみんな、静かにしてよ』って、ホントにそう思いましたから(笑)」
あらゆる音がゴチャ混ぜになって、球場全体は物凄い喧騒に包まれていた。
そんな異様なムードの中、松井は珍しく普通の感覚ではいられなくなっていたという。
「最初は何かフワフワして落ち着かなかった。だからあの打席でフルカウントまでいったのが良かったんです。ボールを見ているうちにだんだん集中力が高まっていきました」と松井は言う。
そしてマウンドの右腕、J.メイズが投じた6球目は「甘いチェンジアップ」だった。
「引きつけて、完璧に打てました」と松井。
打った打球は、ライトスタンドに一直線。
「打って、見上げて『これ入るわ!』と思って…、覚えているのは、その辺まで。何か自分が打った感じがしませんでした」と松井は言う。
飛んでいく打球を見送ったあと、ベース一周をどう回ったのかも覚えていないという。
「本当にあんまりないですよ、そんな感覚って」と松井は言う。
「でも、この2本ってつながっているんですよ。巨人で最後に打ったのが332号で、ヤンキースでの1号が333号なんです。それも何かとても不思議な感じですね」
終わりと始まりの「不思議なホームラン」であった。
松井は昨季、20年間ホームランを打ち続けたバットを置いた。
そして振り返る。「プロになるような野球選手って、だいたい子供の頃はみんな『ホームラン・バッター』だったんですよ」
少年・松井秀喜もそうだった。だが、プロになってもずっとホームラン・バッターでいられるのは「ほんの一握り」だと松井は言う。
「僕は運良くずっとホームランへの夢を捨てずに済んだ。だから、メジャーに来てもそこは捨てたくなかったし、最後までずっと持ち続けていました。自分の中でのホームラン・バッターへの意識は最後まで萎えることはなかったです」
松井にとってホームランは「チーム」のためであった。それが野球選手としての松井を支えてきた軸だったという。
松井は言う。「ただホームランを打つだけのバッターだとは思われたくはなかった。チームのためにプレーすることと、自分がホームランを打つことのどっちが大切かと問われたら、チームのためですから」
だが、「不思議なホームラン」となった332号と333号だけは、結果的に「自分のため」に打ったホームランだった、と松井は語る。だから松井はずっと、この特別な2本を忘れることがなかった。
この2本を打った時に感じた「見えない力」、それはもう一人の松井だったのか…?
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/25号 [雑誌]
「332号と333号の不思議な力 松井秀喜」
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