2013年6月14日金曜日
「くどいほどの自問自答」 本田圭佑 [サッカー]
「後半残り9分、右サイドからの『フワリと浮いた力のないクロスボール』が、そのまま日本のゴールに吸い込まれた(Number誌)」
「0-0」の均衡が破れた瞬間だった。
W杯アジア最終予選
日本 vs オーストラリア
ホーム日本でのこの決戦は「引き分け以上」で、日本のW杯出場が確定することになっていた。
だが、後半残り9分で、勝利どころか「引き分け」までが遠ざかってしまった。
「0-1」、日本1点ビハインド。
「敗北はもうそこまで迫っていた」
過去の日本代表の戦歴を知っている者たちは、青ざめた。
「ザックジャパンは3次予選、最終予選を通じて『先制点を許した展開』が4度ある。しかしながら、『引き分け以上』に持ち込めたのは1度しかない(Number誌)」
やはり今回も、チャンスに決められないままズルズルと時間だけが過ぎていってしまうのか…?
いや、この度ばかりは「選手たちの覚悟」が違った。
「『必ずホームでW杯出場を決める』という意志を刻み込んでピッチに立つ選手たちに、失望感など広がっていなかった(Number誌)」
「今野泰幸が首根っこをつかんで『日本キラー』ケーヒルを抑えれば、長谷部誠はイエローカード承知で、身体を張って水際で危機を食い止める(同誌)」
試合終了まで、残り1分。
土壇場でコーナーキックのチャンスを得た日本は、この日はじめて「ショート・コーナー」を使った。そしてそのボールが「最後の最後、オーストラリアの集中力の欠如を誘った(Number誌)」。
「ハンド!」
本田圭佑がゴール前に入れたクロスが、ペナルティエリア内にいたマケイの「腕」に当たった。
「PKだ!」
それは偶然だったのだろうか? それとも鬼気迫る選手らの凄みが、それを呼び込んだのだろうか?
PKのボールを小脇に抱えていたのは本田である。
「本田圭佑は、両肩をストンと落として力を抜き、目をつぶりながら息を深く吐き出す(Number誌)」
6万人を超える大観衆のすべての目が「最高の期待」を込めて見守るなか、「W杯出場が決まるPKを蹴る」というのは、どれほどの重圧なのだろう。どれほどの強い心臓があれば、その重圧に耐えられるのであろうか?
「サッカーの歴史においては、バッジョも、ベッカムも、『PKの犠牲者』となっている(Number誌)」
もし外せば、「すべての敗因」を背負うことになる。
「だが、24時間『非日常』を生きる男にとっては、スタジアムを包み込む観客の不安も、肌を切り裂くプレッシャーも、すべては『見慣れた風景の一部』だったのかもしれない(Number誌)」
本田はゆるりとした助走から左脚を振り抜いて、ゴールの「ド真ん中」にボールを突き刺した!
「失うものが途轍もなく大きい状況で、まるで親善試合かのように大胆に振る舞うことができる。恐るべきメンタルの強さ、豪胆さだ(Number誌)」
本田の「同点ゴール」が埼玉スタジアムを轟々と揺るがした時、時計はすでに90分(後半45分)を過ぎていた。
ロスタイムは3分。ほどなく終了のホイッスルが高らかと鳴り響き、日本はW杯行きの切符をその手にした。それは世界最速の快挙であった。
「10歳ほど歳をとった」
試合後、日本代表のザッケローニ監督は、そんなジョークを飛ばしていた。
この試合前、ザッケローニ監督は「ほぼ予選通過」が決まっている雰囲気をなにより懸念していた。「『ほぼ予選通過』と『予選通過』はまったく違うものだ」と語る監督は、「最後の油断」を最大の脅威と考えていたのである。
一方、本田圭佑は試合前の記者会見で、こう発言している。
「人間って、気が緩んでいないと自分では思っていても、気が緩んでいるもんだと思うんです。それをどうやって引き締めるかといったら、『もうくどいほど自問自答するしかない』と思っているんですね。大丈夫か?と。準備できてるか?と」
もしかしたら、後半残り9分に許したオーストラリアの先制ゴールは、本田が言った「緩んでないと思っていた気の緩み」、ザッケローニ監督が口にした「ほぼ予選通過の油断」のスキに入り込んでしまったものだったのかもしれない。
本田は「家にいる時が勝負」と、以前言っていた。
「1時間でも、30分でも、『ひとりの時間』をつくらないといけない。繰り返し試合をイメージして、それが頭の中に出てくるようにするんです」
この作業を、本田は「洗脳」と呼ぶ。普段の生活から、つねにイメージを深層心理に刷り込んでいく。それはまさに「くどいほど」であり、24時間なのである。
本田が「左右両腕に腕時計をはめている」というのは有名な話だ。
オーストラリアとの決戦前、本田の左腕の時計は「ロシア時間」、右は「日本時間」に合わせられていた。
今回、試合前日の朝に日本入りをした本田であったが、その強行日程のなかでも彼は「日本時間での戦い」をイメージしていたのかもしれない。
「オレの中では、勝負の前に、だいたい勝負は決まっている」
そう言う本田は、オーストラリア戦のあの土壇場でPKを蹴る自分をも「くどいほど」イメージしていたのかもしれない。
一方、オーストラリアのGK(ゴールキーパー)は、試合後に「本田がド真ん中に蹴るのは分かっていた」と言った。それは過去の本田のPKが「ド真ん中」であることが多かったからだ。
だが、GKシュウォーツァーは、そのイメージ通りにゴールを守ることはできなかった。「なぜか」左に飛んでしまったのだ。
シュウォーツァーいわく、「あの雰囲気で、勝手に身体が跳んでしまった」と。彼ほど能力の高いキーパーですら、自分のイメージを崩されてしまったというのである。
武道の達人による鍛錬に鍛錬を重ねた正拳突きは、たとえそこに来ることが分かっていても、相手はよけられない、という話がある。それが王道の強さというものだ、と。
きっと、本田の「自問自答」は、オーストラリアのGKよりもずっと「くどかった」のだろう。
あのPK「ド真ん中勝負」は、本田に軍配が上がったのだから。
さて、次なる戦いは「コンフィデ杯」。
オーストラリア戦直後のインタビューで、本田は大観衆にこう言っていた。
「みなさんあんまり期待していないかもしれないですが、僕は優勝するつもりでいくんで」
あえて「大きなこと」を公言する本田圭佑。
「本田はオランダでも、ロシアでも、自分が暮らす部屋のカベに、その時点における目標を紙に書いて貼り付け、24時間意識するようにしてきた。その紙が張り替えられるたびに、本田は新たな武器を手にする(Number誌)」
それは「自分の弱さ」を知るからだ、と本田は言う。
「オレがメディアにしゃべる時は、『自分に話している』ということがほとんどやから。自分は弱いからさ。当たり前だけど、人間やから」
6万人の前で、ド真ん中にPKを決めてみせたデッカイ心臓の男が、そう言うのであった。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 6/27号 [雑誌]
「ブラジルへ勝ちにいく 本田圭佑」
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