2017年5月13日土曜日
相手がいてもいなくても…[小平奈緒]
「狭い枠のなかで頑張っている…」
ソチ五輪の頃、小平奈緒(スピードスケート)は、そう感じていた。
「最初のバンクーバー五輪までは楽しんでやれていましたが、それはまだ経験も浅くて、あまり世界を見ていなかったので。結局、あの頃(ソチ五輪)は、自分の理想とする目的がはっきりしていなかったんだろうと思います」
なにを、どうしたらいいのか?
オランダへ、武者修行の旅にでた。
小平は言う。
「ソチの頃は、自分を他人と比較している部分もあったと思います。でも、オランダへ行ってみたら、向こうは子供のころから個人を認められて育ってきているなと感じて。親は誰かと比べてできるできないではなく、時間がかかっても本人がどれだけ成長できたかを褒めるので、
『なんか日本とは違うな。これが文化かな?』
と思ったんです。そういう目でチームの選手を見ると、自分で身につけたことに対しての自信がすごく強い。私もそういうところで自信をもつようにすればいいんだと思ったんです」
オランダでの修行中、小平奈緒はスピードスケート女子500mでW杯総合優勝をはたす(2014-15シーズン)。
小平は言う。
「じつはオランダへ行った1年目は記録が伸びなかったんです。でも、たまたまワールドカップで勝って、総合優勝したら急に注目されて。そのことに疑問をもちつづけていました。そういうなかで
『勝ち負けは関係ないな』
と思うようになりました。競技なので順位はつくし、順位もたしかに重要ですが、それは結果としてついてくるだけのもの。
『(順位は)目指す目的ではないな』
と。スポーッツって、まず自分をふくめて全員がベストのパフォーマンスを出すことを目指していて、順位はそのうえで決まるものです。だから、結果が2位でも3位でも、自分がベストを尽くしていれば他の人を敬う気持ちも持てるし、勝っても他の人を蹴落としたいという気持ちのガッツポーズにはならないと思うんです」
オランダで独り、自転車をこいでいると、ふと、この言葉が頭にうかんだ。
”与えられるモノは有限。求めるモノは無限”
小平は言う。
「オランダに行って。知らなかった世界を見てきたことで、当たり前に思っていたこれまでの世界が、輝いて見えたんです」
そして帰国を決意する。
「帰国も自分で決めたからこそ、です。与えられるだけだと、狭いカゴの中にいるようで義務感も感じます。でも自分で求めたことには自分に責任があるし、自分が何をやっても正解だと自信をもてると思うから」
オランダの2年間で、小平に迷いはなくなった。
かつて古武術を教わったときに聞いた、この言葉がすんなりと理解できた。
”相手がいてもいなくても一緒。ただ自分の動きをするだけ”
同走の相手を意識しすぎず、といって自分ひとりだけに集中しすぎない精神状態。相手の雰囲気を感じながらも、自分の動きをする。これがタイムを競うスポーツの楽しみ方なんだ、と。
小平は言う。
「いまは技術的にも、氷と対話できている部分が多いです」
今季(2016-17シーズン)の小平は、ほとんど無敵だった。
世界距離別選手権500mで優勝。ワールドカップも8戦全勝、2度目の種目別総合優勝。500mの日本記録を36秒75に塗り替えた。
だが、順位や結果に、小平は以前ほどこだわらない。
「順位は相手との兼ね合いであり、自分ではコントロールできないもの。自分でどうしようもないことを考えるのにエネルギーを使うより、自分でどうにかできる部分を全力で考えます」
最後に、金メダルの期待が高まる平昌オリンピックに、小平はこう語った。
「オリンピックの舞台で、わたしが本当にやりたいのは、世界の選手と自分の持っている力を出し合って、氷の上で自分を表現し合うこと。それは戦いではなく”仕合い”。それがスポーツの本当の醍醐味だと思います」
(了)
出典:小平奈緒「ただ、ベストな自分を追い求めて」
Number(ナンバー)925号 スポーツ 嫌われる勇気
Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー)
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