2014年8月25日月曜日
教師のごとき監督、ファンハール [サッカー]
「おめでとう。君たちは『世界最高の監督』と契約したのだ」
オランダのサッカークラブ「アヤックス」の監督に就任したとき、「ルイ・ファンハール(Louis Van Gaal)」はそう言い放った。関係者らが唖然としたのは言うまでもない。当時の彼はまだ、監督としての実績は何もなかった(1991)。
その過剰なまでの自信は、幸いにもCL(チャンピオンズリーグ)優勝というタイトルをアヤックスにもたらすことになる(1994/95シーズン)。するとファンハールはさらに傲慢な発言を繰り広げる。
「私は、バルセロナ(スペイン)が達成するのに100年かかった偉業を、わずか6年で成し遂げた」
この異端児、ファンハールはメディアにも容赦なかった。
「今回の質疑応答はレベルが低い。君は勝手な解釈を口にすべきではない。事実を踏まえて『どうしてですか?』とシンプルに尋ねるべきだ。君は馬鹿なのか、それとも私が賢いだけか?」
記者会見の席上、ファンハールはまるで「教師」であった(実際、彼は学校の体育教師を務めた経験をもつ)。
——アヤックスの監督時代、練習を中断して選手を集め、怒鳴り散らす場面も度々見られた。後ろに手を組み、神妙な面持ちでうつむく選手らに、血相を変えながら指示を与える様は、プロチームの練習風景というよりは、まるで体育の授業のようだった(Number誌)。
このファンハールという人物を、フェラン・ソリアーノ(現マンチェスター・シティのCEO)は的確にこう表現する。
「ファンハールは他の監督に比べると”かなり異質”だ。彼は多くのクラブで優れた手腕を発揮する反面、周囲の反感も買ってきた。それでも彼は試合に勝ってみせるが、その代わり、いったん成績が伴わなくなると、反感を抱く人々がこぞって牙を剥きはじめる。ファンハールとは、そういう監督なのだ」
彼の言うとおり、ファンハールはバルセロナの監督時代、「頭のネジが1〜2本、抜けているんじゃないかと思うよ」と、前任者クライフから痛烈に批判されている。
——自分と同じオランダ出身で、アヤックスの後輩にあたるファンハールを、クライフは変人扱いするようになった。かくして求心力を失ったファンハールは、CL(チャンピオンズリーグ)を取り逃したことも災いし、3年でバルセロナを解任(2000)。以降、監督としてはなかなか結果を出せない日々が続く(Number誌)。
もともとクライフとファンファールは、同郷オランダ出身ということもあり、ともにオランダ伝統の「トータル・フットボール」の信奉者であった。トータル・フットボールとは、オランダサッカーの父とされるリヌス・ミケルスが具現化した戦術で、「全員攻撃、全員守備」などと解説される。その選手としての体現者が、現役時代のクライフであった(バロンドールを3度受賞)。
リヌス・ミケルスは「クライフのスタイルをさらに進化させた」と、ファンハールを高く評価。「クライフ以上に詳細なディテールにこだわる人物だ」とも述べている。
——事実、ファンハールは配下の選手にポジション取りを覚えさせるため、GPSに似た装置を装着させ、cm単位で修正を行ったこともある。だが完璧を期そうとするあまり、やがてファンハールには「難解な理論ばかりをこねまわす監督」というレッテルが貼られた(Number誌)。
クライフとファンハール、その両者をよく知るデニス・ベルカンプはこう言っている。「クライフは本能にしたがって動くタイプで、現役時代に自分がやっていたプレーの仕方を教えようとした。彼の指導は戦術的というよりは、テクニカルなものだったと思う。それに比べれば、ファンハールは学校の教師のようなタイプだった。彼はテクニカルな部分に関しては選手に任せてくれたけど、戦術の指導は名人の域に達していたね」。
ファンハールが復権を果たすのは、オランダのAZを28年ぶりのリーグ優勝に導き(2008/09シーズン)、ドイツの巨人「バイエルン・ミュンヘン」に白羽の矢をたてられてからだった。
——2009年からドイツのバイエルンを率いたファンハールは、ポゼッションを軸にしたプレースタイルの明確化と人材育成に着手。さらにロッベンを獲得した後は、カウンターという武器に磨きをかけた。ファンハールの改革は実を結ぶ。CL(チャンピオンズリーグ)では2000年以降、決勝に駒を進めていなかったバイエルンだったが、ファンハールはこの長い冬の時代に終止符を打った(Number誌)。
だが、厳格なカトリック教徒の家庭で育てられたファンハールは、その権威主義的な態度が選手らとの確執を起こしている。リベリーは「ファンハールの下でプレーするのは、まったく楽しくない」と公言。ルカ・トーニは「選手を交換可能なパーツのように扱う人間だ」とファンハールを怨んだ(トーニは戦力外通告をうけた)。
結局、CL(チャンピオンズリーグ)準優勝を果たした翌シーズン(2010/11)、バイエルンはリーグ4位に転落。「人情味のない管理主義者」と蔑まれたファンハールは解任された。
そして率いることになったオランダ代表(2012)。
ブラジルW杯の予選では、10戦無敗という圧倒的な強さを見せつけた。だがオランダ国内では、ファンハールに対する批判が渦を巻いていた。
——「オランダサッカーを裏切った男」。これが大会開幕前に、ファンハールにつけられた蔑称だった。テレグラフ紙とアルヘメン・ダフブラット紙、そしてフットボール・インターナショナル誌の論調は、批判一色で統一されていた(Number誌)。
前述した通り、ファンハールは元々、オランダ伝統の「トータル・フットボール」の原理主義者であった。ボール支配率(ポゼッション)とウインガーの活用など、ファンハールはオランダサッカーを「3-4-3」というシステムで実現していた。ファンハール自身、「3-4-3は、オランダの攻撃的で魅力的なサッカーを実現するためには最適なシステムなのだ」と書籍でも述べている。
ところがワールドカップ本大会でファンハールが採用したのは、ウイングそのものがいない「5-3-2」。ポゼッション(ボール支配)によってゲームの主導権を握るのではなく、カウンターによる一撃必殺を狙ったのであった。
ファンハールと40年以上の親交のあるジャーナリスト、レオ・ヴァーヘイルは言う。「ルイは、現代表の問題点をよくこぼしていたよ。守備陣は脆く、中盤のバランスも悪いと。そしてルイはシステム変更に踏み切ったんだ。守備の不安を解消しつつ、三銃士(スナイデル、ファンペルシ、ロッベン)を活かすためには、5バックでカウンターを狙うのが唯一の解決策になるからね」。
ファンハールは仕掛けた、一世一代の大博打を。
それはグループリーグ初戦から的中する。前回王者スペインを「5-1」と粉砕した。
——オランダ代表が披露した新たなカウンターサッカーは、決して見苦しい代物ではなかった。イングランドの戦術史家、ジョナサン・ウィルソンはこう指摘する。「今大会の意義の一つは、カウンターが悪いサッカーだとか、美しくないサッカーだなどという馬鹿げた固定観念を払拭したことだと思う。それに貢献したチームの一つがオランダであるのは間違いない」(Number誌)
準決勝でPK戦の末にアルゼンチンに破れたものの、3位決定戦のブラジルには「3-0」と完勝。今大会でファンハールは、オランダの過去の印象「才能ある選手は多いが、勝負弱い」を一蹴した。
——彼は見事、ギャンブルに勝った。あれだけ批判されていたファンハールを、2,000人以上ものファンが空港で出迎えるなど、誰が予想していただろう(Number誌)。
ファンハールは言う。
「オランダの人々は目からウロコが落ちた思いだろう。サッカーのシステムが一つだけではないと気づいたのではないだろうか。われわれは少し新しい種類のサッカーを披露することができたと思う。次期代表監督(ヒディンク)は『オランダ伝統のサッカーを取り戻す』と言ったらしいが、私は常にオランダ流のサッカーを実践してきたし、その上で今回、別のスタイルを提示することを決めたのだ」
W杯後、オランダを去ったファンハールはイングランドへと乗り込んだ。低迷の淵にある「赤い悪魔」、マンチェスター・ユナイテッドの再建を託されて。
ファンハール節は健在だ。さっそくアメリカツアー中に一席ぶっている。
「君たちが主張するのは勝手だが、私のサッカー哲学はまったく変わっていない!」
記者の「人間として成熟したのではないか」という質問に対して、ファンハールは気色ばんだ。
「またもや君たちは勝手な説を唱えている。世間の連中は、私が独裁者で誰の意見も聞かないなどと吹聴するが、私は他人の意見に耳を傾けるし、経験からも学ぶ。ただしサッカーチームでは、ボスは必ず一人でなければならない。さもなければカオスになるからだ」
そして、こう続ける。「バルサ時代、私はリバウドを翻意させたし、バイエルンでもトーニを外すだけの度量があることを証明している。彼が主張するように『自分でパンツを下げて、金玉のデカさを見せつけるような真似』をした記憶はないがね」
——ファンハールは時代の寵児になれなくとも常に未来を先取りし、さまざまな場所で「種」を蒔きつづけてきた。今、新風を吹き込もうとしているイングランドは、オランダ、スペイン、ドイツに次ぐ4番目の赴任地になる。ファンハールは果たして本当に変わったのか。彼が新天地にどのような痕跡を刻んでいくのか。これは相当な見物である(Number誌)。
(了)
ソース:Number(ナンバー)859号 W杯後の世界。 (Spots Graphic Number)
オランダ「ファンハールの壮大な実験」
ルイス・ファンハール「時代をつくる名将のマンU改革」
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