2014年7月6日日曜日
日本代表、敗北とともに [サッカーW杯]
日本のブラジルW杯は、本田圭佑の豪快なゴールで幕をあけた。
「ホンダがシュートを打ったシーンを、俺はすぐ近くで見ていた。あれは完璧な一発だった」
対戦相手コートジボワールのヤヤ・トゥーレも、そう言って脱帽するほどだった。
だが、この初戦、日本は1対2で落とすことになる。
イタリア『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙「気になったのは、失点直後のチームの精神状態だ。同点にされたあと、日本はまるでトーナメントが終わってしまったかのように気落ちしていた。そして、あれよという間にまた失点」
スペイン『スポルト』紙「2分間で2失点。先制したあとにラインを下げすぎた。おかげでコートジボワールはボールを持つことができたのだから、敵に塩を送ったようなものだった」
コロンビア『エル・ティエンポ』紙「ホンダの鞭のようなシュートで先制点をあげたものの、それ以降はノックアウトされたボクサーのようだった」
続くギリシャとは引き分け。
最終戦コロンビアには1対4の完敗を喫した。
これが日本代表の戦いのすべてとなった。
チーム最年長の遠藤保仁は言った、「4年前の南アフリカ大会のときとは違い、このワールドカップは『自分たちが自信をもって挑んできた大会』だった。でも、世界は簡単じゃなかった。何もできず、叩き潰された…」
彼に涙はなかった。
「涙がでないくらいショックだよ…」
最終戦となってしまったコロンビア戦、ついに出番のなかった遠藤。ずっとビブスを着たままだった。
遠藤は言った、ブラジルW杯を「自分たちが自信をもって挑んできた大会」だと。
確かに南アフリカW杯後の4年間、日本は世界の強豪と互角以上の戦いを展開してきた。アルゼンチンに勝利したのを鏑矢に、フランスやベルギーにも勝ってきた。前回準優勝のオランダにも引き分け。今回ダークホースとして躍進しているコスタリカにも、大会直前に勝っている。ちなみに、ここに列挙した国々は今大会、いずれもベスト8入りを果たしている。
開幕前はメディアもその気になって、「優勝まで7試合ある。どこにピークを合わせるべきか?」といった質問まで飛んでいた。
しかし、結果は残酷だった。
グループリーグで1勝もあげられず、日本代表は最下位で敗退。本田が掲げた「優勝」という途方もないアドバルーンは、わずか10日間で空しく萎んでしまった…。
本田は言った、「非常にみじめですけど、すべてを受け入れるしかない」
——本田が発した「優勝」という言葉が一人歩きしはじめ、チームはそれに縛られてしまった。高すぎる目標がやるべきことの絞り込みを難しくし、大会中に動揺を大きくした(Number誌)。
ブラジルの元代表監督、エメルソン・レオンは言う。「今回の日本代表には未成熟さと脆さを感じた。また、気持ちの強さや必死に取り組む姿勢が欠けていた。私の知っている日本人選手は、闘志があり試合終了まで責任をもって全力で戦う。それが日本文化であり、私は素晴らしいと思っていたのだが…」
スペイン『スポルト』紙「日本の文化と日本人の気質からすると、こういう大舞台で、とくに南米組が見せる”よこしまな部分”には戸惑っているのではないか。彼らは、勝つために必要とあらば、敵に噛みつきもするのだ」
アレクシス・メヌーゲ(ジャーナリスト)「日本は相手を恐れてばかりいた。勇気が乏しく、不安を必死に隠そうとしているチームになってしまっていた。香川真司はどうしたのだ? ドルトムントでは天才的なトップ下としてあれほど輝いていたのに、マンチェスターUに移籍してから闇に光を吸い取られてしまったようだ。ACミランの本田圭佑にも失望している。あまりにもプレーが無難すぎた。大会前、私は日本がベスト8に進出すると予想していたのだが…」
日本はよく、「Ousadia(オウザディーア)」が足りないと言われてきた。
ポルトガル語で「勇気」を意味する言葉である。ネイマール(ブラジル)は左足にタトゥーを刻んでいる。
ブラジル生まれの三都主は説明する。「オウザディーアという言葉を簡単にまとめるのは難しいんですよ。勇気といえばそうだけど、同時に『遊び心』も含まれているんです。たとえば、ゴールキーパーと1対1になったとき、オウザディーアがないとループシュートのようなことはできない。『勇気をもって大胆なことを平気でやること』かな」
似た言葉に「Malicia(マリーシア)」というのもある。「ずる賢い」という意味で、試合の駆け引きをも含む。
三都主は言う、「汚い手だと思われても、ルールの範囲内でやる分には問題ない。マリーシアにもじつは『遊び心』が必要で、オウザディーア(勇気)に通じるんです」
オウザディーア(勇気)とマリーシア(ずる賢さ)。
「遊び心」の乏しい一般的な日本人には、なかなか足りないものらしい。どちらかと言えば、日本人には「デテルミナサオン(真面目さ)」や「アプリカサオン(勤勉さ)のほうがしっくりくる。
一方のブラジルでは、勇気と遊び心が「Alegria(アレグリーア)」、すなわち「喜び」に通じるものとして歌にも讃えられている。
いずれにせよ、1分2敗、2得点6失点、それがブラジルW杯における日本の現実であった。初戦の敗戦で隘路に入り込み、「アレグリーア(喜び)」からは遠ざかってしまった。
キャプテン長谷部誠は、敗戦の責任を背負い込もうとする。
「結果が出せなかったのは選手に責任があります。ここは選手が強く責任を感じなきゃいけないところだと思います」
彼は最後のコロンビア戦、3点差と突き放されながらも、ありったけの声を張り上げてチームを鼓舞し続けていた。終了のホイッスルが鳴るまで、キャプテンはずっと気丈だった。
——終わってみれば、1対4の完敗。ピッチに立ち尽くし、崩れ落ちる傷だらけのサムライたち。長谷部誠はその一人ひとりに声を掛けていった。立ち上がれない者には、手を差し伸べた。その目には涙が溜まっていた。だが、感情を必死に抑えながら、仲間をねぎらい続けていた。ザッケローニ監督とも握手を交わした。このとき、長谷部の表情が少し歪んだ気がした(Number誌)。
じつは長谷部、以前にキャプテンの交代を申し出たことがあった。
長谷部は「もう少し若い選手にキャプテンを任せたらどうですか」と監督に言った。
するとザッケローニ監督は「代える気なんてまったくない」と答えた。そしてこう続けた、「自分は今までいろんなところで監督をしてきたけど、本物のキャプテンはマルディーニとお前だけだ」
その言葉に長谷部は監督からの熱い信頼を感じ、キャプテンマークを返上しようとしたことを痛く後悔したという。
グループリーグ敗退が決まった翌日
最後の食事となったランチの席で、ザッケローニ監督は挨拶に立った。監督は代表選手らにひとしきり感謝をのべた。そして突然、涙声になった。
「もう一回、ワールドカップを戦えるとしても…、もう一回、選べるとしても…、私はここにいるメンバー、スタッフを選ぶと思う…」
通訳も涙を流して、この言葉をみんなに伝えた。
長友佑都はしんみりと言う。「これで終わってしまう寂しさがあって…。監督の最後の言葉がね…。勝たせてあげられなかったことで、そこがもう悔しくって…」
出場のなかった選手たちも「一日でも長く、このチームで戦いたかった」と口をそろえた。
——しかしながら、「最高のチーム」が最高の力を発揮することはなかった。なんとも言い表せない悔しさと虚しさが、ブラジルでのラストデーを包んでいた(Number誌)。
元日本代表監督イビチャ・オシム氏は、「日本がこれまで歩んできた道のりは、決して間違ってはいない」と断言する。
「このチームを完全に破壊してしまうのは得策とはいえない。すべてを見つめ直し、不適切であるものを、すべて適切な場所に置き直す。それらを破壊し、撤去し去るのではなく、然るべきところに配置するようにする」
「すでに多くの選手がヨーロッパでプレーしているのだから、課題の克服はそう難しくはない。現状は後退でも、それは次に飛躍するための後退だ。必要な後退でもあり、可能性はその先にある。もう、かつての弱かった日本ではない。日本は今の道を歩み続けるべきだ。自信をもってブレることなく」
ブラジルでの最後の記者会見
ザッケローニ監督は、はっきりした口調でこう言い切った。
「すべての責任は私にある。メンバーを選んだのも、戦術を決めたのも自分。今回の敗戦の責任は私が負いたい」
日本に帰国後、ザッケローニ監督は母国イタリアへと帰っていった。
イタリアでのインタビューに、彼はこう答えている。
「湧き上がる感情を抑えられなかった。離れるのが辛かった。ファンや選手までもが空港に見送りに来てくれたんだ。こんなことは他の国ではなかったよ…」
空港で見送ったキャプテン長谷部は、ザッケローニ氏からのメッセージを授かっていた。
「親愛なる日本の皆様へ
4年間ありがとうございました。
日本を離れること、とても寂しい気持ちでいます。
…
応援してくれた皆さんのことは、永遠に私の心に留まり続けます。
ありがとうございました。
サヨナラ」
長谷部はこう続ける。
「今日から彼とは友人です」
ザッケローニ氏は日本代表監督就任以来
通算55試合で、30勝12分13敗という結果をのこした。
時は少し戻り、最終コロンビア戦の翌日
「やろっか」
山口蛍は、若手らにそう声をかけた。そして練習グラウンドに集まった、ロンドン五輪の選手らを含む6名。清武、斎藤など。
心地よい風が吹いていた。
ボールを蹴り続けながら
「ロシア(次回W杯)では、俺らが中心になる」
王国ブラジルで、彼らはそう誓った。
(了)
ソース:Number(ナンバー)コロンビア戦速報&ベスト16速報
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