2014年5月24日土曜日
まれに起こる不運 [シャビ]
まずいな…
ピッチ中央のシャビは、そう考えはじめていた。
——スペインはボールをキープし、ナバスは後半だけで19本ものクロスをあげている。しかし、それらが得点につながることは一度もなかった(Number誌)。
2010年、サッカー南アフリカW杯
開幕前には優勝候補の筆頭にあげられていたスペイン代表。
そのグループリーグ初戦、スイスに思わぬ苦戦を強いられていた。先制されたままに、スコアは0-1から動こうとしなかった。
試合は終盤に入り、いつもは冷静なシャビの頭にも焦りはつのる。
——ベンチ前では、3枚の交代カードを使いきり、もはや打つべき手を失ったデルボスケ監督が、困ったような顔で口元に手を置いている(Number誌)。
「どんな形でも1点をとらなければ…! そう思っていた」とシャビ。
しかし無情にも、試合終了のホイッスルは鳴り響いた。
「誰もこんなスタートは予想していなかった…」
まさかの初戦黒星。
絶対の優勝候補が…。
——肩をたたくフェルナンド・ジョレンテの言葉もほとんど耳に入らない。隣りをみると、普段は明るいジェラール・ピケのうつむいた暗い顔があった(Number誌)。
「試合後のロッカールームの雰囲気は、それは寂しいものでね、動揺は隠せなかった」
「初戦で敗れた僕らは、もう(グループリーグ)残り2試合に勝つしか、決勝トーナメントへいく可能性はなかった」
これからチームはどうやって大会に挑んでいくべきなのか?
敗戦の翌朝、代表宿舎の一室では緊急ミーティングがひらかれた。
部屋のテレビ画面には、前日おこなわれたスイス戦のビデオが流されていた。
「まったく信じられないよ。どうやったら、この内容で負けることができるというんだ」
試合は完全にスペインが支配していた。
「この失点の場面、いったい何度、味方と相手にボールが当たったことか」
GK(ゴールキーパー)にして主将のカシージャスは、偶然が重なった、たった一度の失点を悔やんだ。
世界最強とされたスペイン代表に対して、対戦する各国はその対策を十分に練り上げていた。引いて自陣を固め、カウンターとセットプレーで少ないチャンスを生かす——。スイス代表はまさにその戦い方によって大金星を得たのであった。
はたしてスペイン代表は戦い方を変えるべきかどうか?
「結論が出るまでに、ほとんど時間はかからなかった。あのミーティングで全員が気付かされたんだ。”スペインは何も変える必要はないんだ”ということにね」
シャビは続ける。「これはサッカーにおいて”まれに起こる不運”と捉えるしかなかった。確かにそうだ。この内容なら、100試合やって99試合で僕らが勝つはず。スイスはそのたった一度をものにしたわけだ」
シャビの意見には、誰もが賛成した。
「僕らのスタイルを続けるのが、優勝への一番の近道。敗戦をへて、自分たちのサッカーへの信念がより強くなったんだ」
以後、自分たちのスタイルを貫いて戦い続けたスペインは、グループリーグでホンジュラスとチリに2連勝。
そして決勝トーナメント。
「ポルトガルにも、ドイツにも、オランダにも、僕らは何を言われようと、ボールをキープしてパスを回すことをやめなかった」
シャビが南アフリカのピッチ上で最も記憶にのこっているというのが、オランダとの決勝戦、後半17分。
「正直、あれは”やられた”と思った」
それは、スナイデルからロッベンへ、裏へと抜けるスルーパスがでた瞬間だった。
「普通ならロッベンは決めるところだ。ただ、カシージャスはそうはさせなかった。彼は他のGK(ゴールキーパー)にはない何かを持っているんだ」
シャビいわく、最後に勝敗を分けるのは戦術やシステムではない。
「いかに幸運を引き寄せるか、なんだ。そして世の中には、そういう力をもった選手がいるものだ」
イニエスタの決勝点もそれだ、と言う。
「あれは延長戦後半で、残り時間はほとんどなかった。ぼくはPK戦になったらどこに蹴ろうかと考えていたものだよ」
そんな時だった、イニエスタがゴール前に現れたのは。
「イニエスタはW杯の歴史にのこるゴールを、さらりと決めてしまった。勝負を左右するのは、何かをもった、そんな選手たちなんだ」
そしてついには、彼らは下馬評どおりにワールドカップを掲げることになった。
スペインにとってはW杯史上初の王座であった。
あれから4年
シャビは34歳になってなお、スペイン代表の中心選手である。
「スペイン人の個の能力は上がっている。いまの代表にいるのは、欧州のビッグクラブでプレーする選手ばかりだ。むかし、ぼくが代表に入りはじめた頃(2000年頃)、世界的な選手はせいぜい2〜3人だった」
今回のブラジルW杯、スペインは”最も難しい組”に入ったといわれている。大会初戦で対峙するのは、前回決勝であたったオランダだ。
シャビは言う、「南アフリカでの経験があるから、この試合が一番大事だということはみんなが分かっている。あのスイス戦の経験が活きてくれることを願うよ」
シャビの脳裏には今も、南アフリカW杯で初戦敗退後の、あのミーティングの光景がまざまざと蘇る。
「あれから、すべてがはじまったんだ」
スペインを愛するチームメイトがいて、みんなが信じるサッカーについて熱く語り合った。誰もが同じ思いを抱いていた。それがシャビには心から嬉しかった。
シャビは体験からの確信で断言する。
「ブラジル大会でも、追求すべきは自分たちのサッカーだ」
目指すは、南アフリカにつづく2度目の優勝。
「もう34歳だ。普通だったら、ここで代表から引退するのが自然な形だとおもう」
——しかし、シャビのいないバルセロナが想像できないように、シャビのいないスペイン代表は、誰にも想像できない(Number誌)。
A代表130試合、14年間にわたり、この”小さなミッドフィルダー”はスペイン代表の中盤にあったのだ。
「まだ、はっきりとは決めてないけどね」
バルセロナの練習場には、初夏の日差しが差し込んできた。
(了)
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 6/5号 [雑誌]
シャビ・エルナンデス「スペイン代表が覚醒した日」
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