2012年12月18日火曜日
オリンピックの「魔物」とは? 内村航平(体操)
オリンピックにはやはり「魔物」がいるのだろうか。
男子体操の「内村航平(うちむら・こうへい)」の口から出てきたのは「魔物」という意外な言葉だった。
彼は体操界の絶対王者。体操史上初の世界3連覇。ロンドン・オリンピックの金メダルも確実視されており、「内村以外の選手で銀メダルを争う」と他の選手たちが言うほどであった。
ところが、その王者・内村が鉄棒で「落ちた」。
あん馬でも「落ちた」。
いずれの落下も「普段の内村」ならば、決して落ちるような場面ではない。
「落ちたというより『落とされた』ような感覚」と内村は振り返る。「鉄棒では、飛び出した時に左肩を『後ろから引っ張られた』ような感覚があったんですよ」。
なぜ落ちたのか、内村は選手村に戻ってからもずっと考えていた。そして、小さい頃から聞いていた「オリンピックに住むという魔物」の話を思い出した。
「ああ、これか…」
「魔物を倒してきます」
魔物に落とされて以来、内村は友達からのメールにひたすらこう返信していたという。
友達からの反応は「らしくないけど頑張れよ」という類のものだった。
振り返れば、前回大会・北京オリンピックの時はずっと楽だった。
「何も考えずにそのままヒョイとやったら上手くいったんです」
それは無欲の勝利であった。当時まだ19歳、「オリンピック、かかって来いよ!」ぐらいの勢いのままの金メダルだった。
ところが、今回のロンドンでは「欲」が出た。
「今までで一番のことをやりたい。いい演技をしたい!」
それは選手として当然の欲なのかもしれないが、内村にとっては「らしくないこと」であった。そして、そこに魔物の付け入るスキも生まれてしまった。
「たぶん、ちょっと『いい気になっていた』と思うんです」
無敵の王者は、さらに「らしくないこと」を言う。
「だから、オリンピックの魔物に『舞い上がってんじゃねえよ』みたいなことを言われたような気がしました」
その「魔物」に学んだことは多かったとも、内村は言う。
「やっぱり、いつもと違うことを考えると、ああいう風になるのだということをつくづく感じました」
日本チームの中で内村ばかりが「一人だけ舞い上がっていた」。それだけオリンピックに賭ける思いが強かった。
「もう少し周りに合わせてやっていけば良かったのかなとも思います」
「次のリオデジャネイロ五輪は、欲も何も出さないで、本当に何も考えずにやりたい」
最後に内村はそう口にした。それは今回の金メダルがいかに苦しかったかの裏返しでもあった。
ところで「魔物」といえば、女子レスリングの小原日登美選手のエピソードも印象深い。
「五輪に魔物はいない」
夫から出発直前に手渡された手紙には、そう書かれてあった。この言葉を小原は何度も何度も心の中で唱えていたという。
内村航平も小原日登美も、2人ともに金メダル。
両者とも、結果的には「魔物」に屈することはなかった。
オリンピックに魔物がいるのかどうか、それはその場に立った選手たちにしか分からない。
彼らが「いる」と言えばいるのだろうし、「いない」と言えばいないのだろう。
ただ、オリンピック選手たちが「魔物」に関する名言を残せば残すほど、次の選手たちを苦しめていくことになるというのも皮肉な話である…。
ソース:Number
「オリンピックには魔物がいた 内村航平」
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