2012年9月22日土曜日
なでしこの次期キャプテンか? 熊谷沙希
「怒涛だったなぁ、って思います。それに、メッチャ楽しかったなぁ、って」
ロンドン五輪・女子サッカーで銀メダルをとった”なでしこ”の一人「熊谷沙希」。若干21歳。移籍先のフランクフルトのカフェでアイスを口にしながら、初めてのオリンピックを振り返っていた。
「今は、ほっとしてるんですよね」
ドイツの名門、フランクフルトに移籍して一年。ドイツ語をまともに話せぬ彼女にとっては、苦労ばかりの一年だった。守備陣には不可欠の会話がろくにできないことで、チームメイトとの意思疎通が思うにまかせず、熊谷抜きで話し合いが行われたり、ここ一番で先発から外されるという屈辱も…。
ドイツ生活の先輩であるユウキ(大儀見)は、そんな時に頼りになってくれたという。
そして、始まったオリンピック。
グループリーグは着々と勝ち上がったものの、熊谷は「どこかしっくり来ない感覚」をずっと抱いていたという。
熊谷以上にチームの状態を心配していたのは、キャプテンの宮間あや。チームの誰よりも敏感な宮間は、誰も気づかないような微妙な空気の違和感を確かに感じ取っていた。
「大会中、あやさん(宮間)は『今回のチーム状態はW杯のときと違う』『チームとしてもう一回確認しなきゃいけないことがある』って、ずっと言ってました」
何が違うのか? W杯で王者となった”なでしこ”たちには、グループリーグで格下を相手に試合を続けることで、「過信」の芽が静かに少しずつ芽生えていた…。
しかし、その「おごり」は準々決勝のブラジル戦で、きれいさっぱり吹き飛んでしまう。ブラジルはあまりにも強かった。
「メンタルや戦い方もすべて、ブラジル戦からドンドン良くなったと思います」と熊谷。「徐々にチームが良くなっていったのは、去年のW杯での自信が『おごり』になりかけていたことに、あやさん(宮間)が気づかせてくれたから」
強豪相手に耐えて耐えて、という苦しい試合の中、熊谷と岩清水梓のCBコンビは、じつに粘り強い守備でゴールを守り抜いた。そして、この固い防御が勝因になったことは確かである。
それでも、熊谷はそれ以上に宮間の功績を強調した。チームメイト全体の「心のゆるみ」を宮間が締め直してくれたことが、本当の勝因だと彼女は言うのである。ゴール以上に守らなければならないものがあったのだ。
そして決勝、アメリカ戦。なでしこは敗れた。
熊谷は号泣。
その熊谷にロッカールームで「笑って」と声をかける先輩たち。その気遣いに、もっと泣けた。「若い自分より、先輩たちはずっと悔しいはずなのに…」。
表彰式後も涙をこぼしていたのは彼女だけだった。
この熊谷、じつは宮間の次のキャプテンとして推す声も…。彼女は世代別代表ではキャプテンなのだ。
あわてて否定する熊谷。「そんなこと自分では思ったこともないっす。私がなでしこのキャプテンをやるなんて…」
それはまだ早いにしろ、3年後のW杯は、確実に熊谷の眼中にある。
「優勝する、とまでは言わないですよ。でも、その舞台に向けて、日々戦っているってことは確かです。今は前しか見えていません」
「ほっ」とするのも、つかの間。熊谷の眼差しは、確かな未来を見つめていた。おいしいアイスの時間は、もう終わりだ。
出典:Sports Graphic Number 2012年 9/27号
「熊谷沙希 『3年後のW杯はもう見えています』」
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